40歳の幸福論 ①~ 生命科学的幸福論 〜

人として生まれた以上、誰しもが「幸せな人生を歩みたい」と考えるでしょう。

しかしながら「幸せ」という形ないものを追い求めるのはなかなか難しいものであり、具体的にどうすればよいのかはなかなか理解できません。

今回はノーベル生理学賞、医学賞受賞、生物科学者、本庶 佑先生の著書「生命科学の未来」から「幸福」に生命科学的な枠組みを与えて、「幸せ」とは何かを考えてみたいと思います。

本庶先生はがん治療の革命とも言われる「オプシーボ=免疫チェックポイント阻害薬」の素となったPD−1抗体の発見の功績によって、2018年にノーベル賞を受賞しました。

「生命科学の未来」はノーベル賞受賞後の著書であり、PD-1抗体の発見の道のりや生命科学の未来について語ったものをまとめたものになります。

生物学的幸福論

生物にとって最大の価値は「生きる」ことです。しかしながら文明史の始まったころから人は「幸せとは何か」について考えてきました。

多くの偉人は幸福の根底には「心地よい」状況があることを認めています。
つまり「心地よい=快感」を得ることが幸せ感の根底にあるのです。

これを生物学的に考えてみると、生物は「生きる」ために生殖欲、食欲、競争欲という3つの欲を満たします。

これらのことから「心地よい」という快楽の素を生物学的に定義すると、これらの欲望が満たされたときに生物は「快感」を覚えます。

そして、この「快感」は生命の三要素である自己複製(子孫を残す)、自律性(自分の身体を一定の状態に保つためにエネルギーを得る)、適応性(外敵から身を守る、逃げる)と非常に密接に関係があると本庶先生は考えます。

つまり、この3つの状態がバランス良く調整され、安定している状態こそが生物学的な「幸福」な状態だということができるのです。

幸福感は生物の生きる意欲の源とリンクしています。

先にも述べましたが、幸福の基本となる3つの快感をもたらす欲望の充足(生殖、食欲、競争欲)はいずれも生きるために不可欠です。

これは観念的なものではなくて人は分子制御(ホルモンの分泌)によってされています。

例えば性ホルモンはドーパミンやエンドルフィンによって快感中枢の刺激し、競争欲はアドレナリンによって活性化されます。

また、食欲は胃から分泌されるルグレリンで空腹が知らされ、脂肪からでるレプチンが食欲を抑制することが知られています。

生物学的に幸福を考えたときには、これらの機能が適切に働き、適度に抑制をかけることが生殖や長寿といった生物学的な幸福に繋がるといえ、ある程度自分でコントロールできるものであると考えることもできます。

遺伝子と病気の関係について

生物は情報の集積体であり、生きるためのノウハウを情報として自分の中に持っており、必要な時にその情報を取り出して様々な状況に対応しています。

生物の情報は戦的的な情報であり、それは遺伝子によって伝えられ、生物は生まれながらにして生きるためのノウハウを持っています。

さらに、もう一つは後天的に獲得した情報として大脳に記憶が蓄えられています。

また、免疫系というシステムの中にはどのような抗原に出会ったかが記憶されています。

病態(病気)はこのような先天的な遺伝子情報と後天的に獲得した情報がミスマッチして異常な情報として蓄積されている状態であると捉えることも可能です。

ヒトの進化の歴史と獲得してきた形質、さらにその遺伝子を変異させるような歴史的な背景や文化、環境などエピジェネティクスな要因を学ぶことは、これからの生命科学、医療の分野では必須だと私自身も考えています。

エピジェネティクスの話挿入

進化史と倫理

ヒトの起源はおよそ700万年前ではないかとされていますが、オラウータンやチンパンジーとどの時点で分かれていったのかは定かではありません。

人が類人猿から分かれてきたということは、彼らの行動様式や考え方と我々のそれと少なからず共通点があるはずです。

それらを見ていくと、倫理は人間固有のものではないということがわかります。

倫理の基本は他人を思いやり、人を助けることであり、このように仲間を助けることは小さなグループの生存には不可欠になります。

ボノボやチンパンジーにおいても利他的な行動は観察することができ、仲間を助ける集団のほうが生き残りやすいといえます。

さらにヒトは認知機能を向上させ、「共感」を持つことにより社会性が向上することになりました。

つまり、ヒトが「利他的」であるということは遺伝によって伝えられているものであり、それらの遺伝子はヒトが生き残るために有利に働くからこそ、いまもなお残っているのです。

自分を犠牲にしてでも社会のため、他者のためになることをすることが「気持ちいい」と感じるのは、祖先が私たちが生き残るために遺してくれたものです。その形質を後世にも伝えていくこと、それらが優位に働く社会とはどんな社会か、現代を生きる私たちは考えなければいけません。

幸福の閾値ともう一つの幸福

感覚受容体は繰り返す、快感刺激に飽和すると、快感が衰える、脱感受性を引き起こしてしまいます。

つまり幸福は鈍り、違う刺激を求めるようになっていきます。

これらが、不毛な競争と欲望の限りを尽くしたマネーゲームの原因になるかもしれません。

そこで、幸福感の別の側面に注目するとそれは「不安がない」ということです。

幸せの要素には欲望充足型と不安感除去型の2つがの側面があると本庶先生は考えます。

生物はこの「不安感」があるからこそ自分の生存が脅かされる時に対応することができます。

不安感を引き起こす原因は様々であり、人によってその感じ方は千差万別で、閾値も非常に違っています。

欲望充足型の満足感の閾値は自然と高い方に変化しやすい、つまり幸福感はだんだん薄れていってしまいます。

欲望の不充足からくる不安感の閾値も体験によって高くなりますが、さんざん不幸にあった人は少々のことでは不安感を覚えなくなります。

幸福の度合いは経験によって非常に大きな変化が出てくるという側面があるのです。

快や不快は感覚器で感じて知覚中枢から統御中枢を経て行動に伝わり、こららの情報は学習記憶として大脳に蓄えられます。

この学習記憶のフィードバックによって閾値の変化が起こるのです。

そもそも生物が「生きる」ということはどのようなことなのか、家があり、家族があり、子があり、食べ物があり、生命を脅かす存在がいないということはどれぐらい幸せなことなのか、日本という国に生まれてくると気づきにくいのかもしれません。

世界を学び、歴史を学び、生物を学ぶことで「幸せ」の閾値を変化させ、自分の幸福感を高めることも可能なのです。

ノーベル賞科学者の考える幸福論(まとめ)


生物学的幸福は、自己複製、自律性、適応性の3つの状態がバランス良く調整され、安定している状態である。

利他的行動は進化の過程で備わったものであり、共感をベースとした利他的行動によってもヒトは幸せを感じることができる。

自分の生命が脅かされる心配がない、つまり、「不安がない」状態も心が安定し、幸せな状態である。

相対的に「幸福」を測り、幸せの閾値を下げることは自分の幸福感を高めることができる。

人類はこの不安感を除去することが非常に大切であり、幸福への道だと考え「宗教」というものを発明したと考えます。宗教が内包する不安解消プログラムで不安感の閾値を高くすることによって幸せが近づくという考え方もあるのではないでしょうか? まとめになりますが、幸福感の基礎はまず快感を得ることですが、やがてこれは麻痺する危険があります。しかし不安感除去型の幸福感は麻痺することはありません。 以上のことから生物学的に考える永続的な幸福感への道とは「安らぎと時折の快感刺激」であると私は考えます。つまりは大好きな時間をもって、命のおびやかされない環境で時々おいしいものを食べるということだと言えます。
本庶 佑(生物学者 ノーベル賞受賞者)

いかがでしたでしょうか?
ヒトは生き物です。
生物です。

生命科学の2大原則といえば「ダーウィンの進化論」と「メンデルの遺伝の法則」になります。

哲学など人文社会科学で多くの偉人がヒトの「幸福」について考えていますが、この2大原則は生物学的な視点から多くの幸福論を補完することもできるのです。

本庶先生が本書でも指摘しているように、人文社会科学と生物学、双方が中・高校生の必須の科目になり、人間理解を深めていくことが、今後の生命科学と社会の発展には不可欠だと思いました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

本日の参考図書
本庶 佑「生命科学の未来 がん免疫治療と獲得免疫」

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