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身体のこと。 腰痛という現代病② ~ 環境ミスマッチと腰痛の原因 ~

「腰痛の話」①では腰痛の知識のまとめとリスクファクターについてお話していきました。

今回は身体の進化と環境への適応、腰痛の関係についてまとめ、現代生活におけて腰痛になる要因について考えていきたいと思います。

進化によるヒトの身体特性とミスマッチ病

以前、人間の根源的な運動である歩行がなぜ健康にとって大切なのかを説明した際に「ミスマッチ病=文明病」についてお話しました。

ミスマッチ病とは身体の進化による適応と現代の文明の発達によっておこるミスマッチが原因となって起こる病気ことであり、腰痛もミスマッチ病の一つに挙げられています2)

腰痛とミスマッチ病の関係については文献では明らかにされていませんので、ここから現在までにわかっている人体の進化の歴史と私の臨床経験を基にして推察したいと思います。

現生人類(ホモサピエンス)に至るまでのホモ属の系統はすべて明らかになっているわけではありませんが、いくつかの化石や地層に残された足跡から、人が「歩く」能力を最大限に活用すべく進化してきた(歩くのに優位な種が生き残った)ことが推察されています。

人が歩くのに必要なエネルギーロスを最小限にして、より遠くへ早く移動するためには、重心の変位を最小限にすることが必要です。

そのため人は脳が発達して重たくなった頭を支えるために、頚椎を垂直に立て、腰椎を増やし、脊椎をS字に彎曲させることで頭の重さを分散させました。

さらに、骨盤を横向きにして、股関節が大きくなり、そこに付着する臀筋群を発達させました。

それによって体幹を持ち上げることが可能となり、股関節を伸展させて歩くことができるようになったのです。

また、様々な環境下で歩行効率よく歩くために足部にはアーチが形成され、ある程度の外乱や不整地でもバランスを取りながら効率よく歩く(走る)ことができる身体に進化して、ホモサピエンス(ヒト)となりました。

現代に生きる私達と約20-30万年前に誕生したホモサピエンスの身体構造はほぼ同様であり、大幅なアップデートはされていません。

つまり、アフリカの荒野を裸足で駆け回っていたヒトとアスファルトで舗装された道で靴を履いて、車を運転する私達と身体構造に変わりなく、大きく変わったのは環境だけなのです。

その裸足で荒野を駆け回る用に適応した身体と現在の環境とがミスマッチすることによって起こるのが腰痛であり、糖尿病や痛風やうつ病などの様々な現代の病だと言われています。

腰痛とミスマッチ病との関連

私達は刻々と変化する環境に対してほぼ無意識に身体をコントロールしながら生活しており、環境から身体感覚刺激を受け取ることによって、その入力された刺激を微分方程式によって計算し、演算結果が脳に伝えられ、運動遂行のために筋の出力が調整されます。

その運動が起こる0.1秒前には運動によって生じる不安定性に対して備えるため、先行随伴性姿勢調節機構によって関節(土台)部分が安定するようにコアの筋群が働きます。

さらに、この先行随伴性姿勢調節は「感覚入力」によって最初からプログラムされているものもあり、運動自体からのフィードバックを受けずに主運動開始の0.1秒前~0.05秒後の間に働くものもあり、この2種類の姿勢調節によって運動を安定させ、運動遂行の質を高めています。

これが、いわゆる体幹のコア機能の役割りであり、コアの機能は意識的に働かせるというよりは、無意識で働いているものなのです。

例えば左手でお腹の横に手を当てて、右手を上げようとすると腹筋の活動を左手で感じることができると思いますが、それは意識して筋収縮したのではなく、この運動によって生じる不安定性への対処や運動遂行の成果を高めるために無意識に働いている力になります。

つまり運動を意図して、身体の重心移動が始まって、外部から受ける刺激(圧刺激)によって身体が勝手にその刺激を計算して、コアの機能が出力されるのです。

この機能をロボット工学に応用して、外部から受ける刺激をセンサーで感知して、微分計算によって出力をリアルタイムに調整することができるロボットがBoston Dynamics社のATLASです。

従来HONDAが開発していたASIMOなどとは根本的に原理が変わります。

急な外乱刺激に対してもセンサーがその刺激を感知することによって、瞬時に出力を変えてバランスをとることができます。

ASIMOは環境に合わせて身体の出力をプログラムして調整していましたので、平らな道では良いのですが、環境が変わって不整地や坂道になってしまうとすぐに転んでしまいます。

それがプログラミング型ロボットの限界でした。

従来のリハビリテーションも環境刺激に対する感覚入力という概念が抜け落ちており、いわいるASIMO型(プログラミング型)のリハビリテーションが主流であり、筋力トレーニングやストレッチなどによる対応がメインでしたが、細かな歩様や外乱刺激に対する反応は筋トレでは改善しないことも多く、重症例では再発を繰り返したりするケースもありました。

そこで、最近ではこの神経制御因子を刺激するような感覚に対するアプローチも行うようになり、従来型の「入れる」コアトレーニングを続けても姿勢や動作に改善がなかった症例もほんのちょっとの呼吸刺激や外乱刺激によって劇的に身体の使い方が変わることもあり、感触としては非常に有効な症例が多いと感じています。

まとめますと、子供の頃から靴を履いて生活する環境にあり、移動に車や自転車、交通機関を使って、仕事や学校で長時間の座位生活をすることによって、足部や臀筋群の機能低下が起こります。

これは、後天的に獲得した能力は使わなければ落ちやすいといった特徴からも説明することができ、実際の治療現場でも腰痛を抱えている人でこの機能が低下しているケースは少なくありません。

昔に比べても扁平足(内側のアーチの低下)の子供が増えており、足の内側が地面につくような歩き方の人も増えています。

こうして正常な歩行(踵ー足の外側ー母指球へ荷重刺激が移る」歩行での感覚刺激とは違う刺激が感覚として身体に入ることで、違ったプログラムが働くことになり、身体の姿勢制御のために働くための筋出力の方法が変わります。

これも試してみるとわかりますが、足の土踏まずのところに軽い刺激を入れて足を持ち上げようとすると、触らないときより重く感じると思います。

これは、足を持ち上げる前に先行して働くコアの機能が抑制されて、不安定性が増したことによるものと考えられています。

つまり、(外傷以外の)腰痛が起こる仮説として、現環境への身体適応によって機能低下したことにより、姿勢制御パターンの出力が変化することでコアの機能が低下し、その不安定性に対して本来は強い外乱や慣性力、関節モーメントに拮抗するように瞬間的に働く速筋優位のアウターマッスルが姿勢制御に働くようになり、疲労するようになります(速筋線維は持久力がないため)。

疲労した筋群は酸化して、硬くなり、付着している骨の位置を変えて、姿勢が変わります。

それによって関節の可動性が変化するために、柔軟性が欠如して重量や外乱による身体ストレスが増加します。

そのストレスの増加によって変形性関節症や椎間板組織の変化、筋・筋膜組織の変化などの障害を引き起こすのではないかと私は考えています。

まとめ

先進国における一般的な生活スタイルは極限まで歩行を効率化するために適応した身体の機能低下を誘発して、それによって環境に対する姿勢制御パターンが変化します。

姿勢制御パターンの変化は骨構造の位置変化を導き、外力(ストレス)に対する柔軟性の欠如によって、変形性関節症や椎間板症、筋・筋膜の過緊張など腰痛を発生させる障害を引き起こすと考えます。

今回、症例も交えて対応についてまとめようと考えていましたが、ここまで結構なボリュームになってしまいましたので、症例の紹介と予防方法については次回にまとめたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

1)ダニエル・E・リバーマン:人体 600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病(上)P262 2015
2)Maharty DC1:The history of lower back pain: a look “back” through the centuries. Prim Care. Sep;39(3):463-70. 2012
3)木村 勉:リラクセーションとは 理学療法28巻8号 P972 2011

#健康 #腰痛 #非特異的腰痛症 #エッセイ #ライフスタイル

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