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すてきな女むてきな女④

なっちゃんからの家の帰り、小さめのショルダーバッグは行きと違ってズッシリと重かった。
歩いていると『街とその不確かな壁』の重みが左の肩にズンと伝わって来る。

つい1時間前までどこか遠くの人だったなっちゃんに本を借りた事が、まだ信じられなかった。

帰宅するとなっちゃんからのLINEが届いた。

『(略)
またこっちに帰ってきたら連絡してね。
Rが「むくみちゃん、めちゃくちゃおしゃれやわ」って❤️ あと長谷川書店ラブを語れる仲間に出会えた感じって🤣
一緒に長谷川書店に行ってご飯したい!
本のはなしもしよー。』

大学生の美少女におしゃれなんて言って貰えて、私は舞い上がった。
そしてなっちゃんとご飯に行って、ハセショに行って、本の話をできる日が待ち遠しかった。


『街とその不確かな壁』はなっちゃんが言っていた通り、初期の頃の作品に近かった。

読み終えた私は、ブクログに書いた感想をなっちゃんにLINEした。

リアルな世界では無いのにグングン引き込まれ、3部を読み始めた瞬間にハッとした。
私は今、何処にいるのだろう、と。

ある職場では信頼され楽しく働いていたのに、違う職場ではパワハラを受け精神的に追い詰められる。
その人は変わっていなくても、環境が変わって境遇が一変する事がある。

環境や周りを取り巻く人々によって、随分と居心地は変わるものだ。

どんな人にも合う場所や、合う人が必ずいる。
上手く行かない時は、自分が適した場所に居ないだけなのかもしれない。

全ての人々が、自分に合った場所で、自分に合った人に囲まれ、心地よく暮らせる世の中になると良いな、と思った。


2月、連休を利用してなっちゃんに会うため、実家に帰る事にした。
なっちゃんのお母さんがショートステイに行く日なら時間を気にせず会う事ができる。

なっちゃんが地元にあるおしゃれなピザ屋さんを予約してくれた。

私の友人達は、会うことが決まると
「じゃあお店予約しとくな。」
と言ってササっと予約してくれる。
私は美味しいものを食べる事は好きだけど、ここのアレが食べたいとか、今度あそこに行ってみたいとか普段からリサーチする事がない。

一度行って気に入ったお店ばっかり使うタイプ。
だからどのお店にするのかグルメサイトを検索して、営業時間を確認して予約を取るのが苦手だ。
昔はいつも予約してもらって悪いから、今度は私が予約するとか思っていたけど、最近は得意な事は得意な人に任そうと思うようになってきた。
友達からは
むくみはいっつもお店予約せえへん!
って思われてるかもしれないけど。


私はなっちゃんがどんな人生を送ってきたのか、今はどんな仕事をしているのか、聞きたい事が山ほどあった。
ピザ屋さんの前で待ち合わせをし、席に着くとなっちゃんに尋問のように色々と質問した。

「向こうに行った時は、もう大変やったよ。言葉もわからへんし、全然馴染めないし。だから結構引きこもってたかも。」
小学校の時は活発なイメージだったので意外だった。

「日本人はね、週に1回、日本人学校に行かないといけない決まりがあったんやけど、中2の時に面倒くさくなって、親にも言わずに勝手に辞めてん(笑)」
「えーっ!」
「ママに凄く怒られた(笑)」
なっちゃんがそんなに破天荒だとは知らなかった。

私が抱いていたなっちゃんのイメージが次々に崩れて、見たこともないような新たな創造物が出来上がって行く。

「大学受験の頃に日本に帰る事になって、今度は日本語が分からなくって受験が大変だった。」

「なんとか大学には受かったけど、日本に馴染めなくて、家に引きこもってMacばっかり触ってた。」

私もMac大好き。働きはじめてすぐにMacを購入し今は5台目位。大して何にもできないけど。


言葉の壁、文化の違い、苦労が沢山あったはずなのに、なっちゃんが話すとなぜか大変に聞こえない。
なっちゃんがキラキラしてるから?
何もかもを吹き飛ばしてしまうパワーがなっちゃんにはあった。
苦労を苦労っぽく感じさせないって凄いことだ。

引きこもって毎日Macを触りグラフィックデザインを極めたお陰で、なっちゃんは某有名企業に勤める事になる。

「むくみちゃん、H(某作家)って知ってる?」
「うん、知ってるよ。読んだことはないねんけど。」
「実は最初の会社でHさんの下で働いててん。」
「えっ、そうなん?!」
「凄い破天荒な人やから悪く言う人もいたけど、もうぶっ飛びすぎてて私はめっちゃくちゃ楽しかた。」

それは絶対なっちゃんだから楽しめたんだよ。
きっとなっちゃんしか楽しめなかったと思う。


大学、就職と東京に住んでいたなっちゃんは出産を機に大阪に帰ってきた。出産後は海外の美術展の図録などを制作する会社に就職。
そこでグラフィックデザインの腕を振るっていた。

ところが
「私、又吉のエッセイを読んで何やこの人めっちゃやばいって思って。それでこの人の本を作りたい、この人の担当になりたいと思って出版社受けてん。」

なっちゃんは又吉に心を奪われ、突如某出版社の求人に応募。そして見事採用となった。
しかし、聞くと又吉をテレビで見たりネタを見た事はないと言う。だからお笑い芸人と言う認識は全くないようだ。
(なっちゃんは本の虫。テレビはほとんど見ない。)

「えっ?又吉に会いたくて出版社に入ったん?」
「そうやねん。日本語が完璧じゃ無いのに出版社なんかよく受けたなあって、色んな人に言われた。」

帰国子女のなっちゃん。日常会話には支障が無くても、日本人学校も勝手に辞めてしまい、日本語の細かなニュアンスや言い回しを理解するのは大変な事だ。
ずっと日本に住んで日本語しか使っていない人でもそれができない人もいると言うのに。
なっちゃんの行動力に、ただただ脱帽しかない。

私が又吉に夢中になったのはテレビで見てからだ。出始めた当初、気持ち悪いとか言われていたが、

こんなにオシャレで雰囲気のあるイケメンを何故世間が気持ち悪いと言うのか??

疑問でしか無かった。一部の人にはちゃんと最初から突き刺さっていた。

私が又吉に夢中になっていた頃、又吉がよく行くという吉祥寺や高円寺に行き、いつ会えるとも分からないけど何時間もブラブラして、そのうちバッタリ又吉に遭遇して「ファンなんです結婚してください。」と言う場面を毎日のように妄想していた。
でも、東京には行かずに妄想だけで終わってしまった。

なっちゃんはそれを実現させようと転職までしていたのだ。

なっちゃん面白すぎるやろ。最高。


「あの、そろそろお席のお時間なので。」
店員さんが近づいてきて無表情でそう言った。

私となっちゃんは、まだデザートに手もつけていなかった。

ピザを頬張っている時も
「あと30分でお席の時間になりますので。」
と催促され、デザートを持ってこられた。

お互い喋ることに夢中で、全然食べる暇がなかった。

私達はデザートにはほぼ手をつけず、お店を後にした。

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