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2人の父の話  「またね家族」松居大悟

私が父と向き合う時が来るのは、父が死ぬときかもしれない。


 小学校1年生の時である。
初めての学芸会。「夕立ち」の役になった私はステージで「♪ゴロゴロー ピカピカー ゴロゴロー ピカピカー ザーザーザーザー ザッザザッザザッザザッザ ゆーだちさまのー お通りだい!」というたったの10秒弱の出番を歌って終えた。
何の役だったのか、そもそも必要な役だったのかも怪しいが(そう思っただろう同じ役になった2人は練習の時からやる気をなくしていた)、一生懸命振り付きで歌った。そもそも何の劇だったんだろうあれ…
それから1年。
2年生になった私は「ハーメルンの笛吹き男」で笛吹き男にネズミを追い出させながら報酬を払わなかった町長の役になった。


怪演だったと話題になった。


ラストの子供達を笛吹き男に連れていかれた町長が「子供達を、返してくれー!」と絶叫するシーン。
「鬼気迫る迫力だった」と話題になり私は「お芝居が上手な子」という立ち位置になった。
そして3年生。私は主役に抜擢される。
私にとってはいやあな先生だったが、学芸会の時は毎回自分でオリジナルの脚本を作っている先生だった。もしかしたら学校の先生よりそっちをやりたかったのかもしれない。
小学生の男の子が早寝早起きや朝ごはんをしっかり食べる事の大切さを歌う教育的ミュージカルだった。面白かったかどうかは主演を務めたのに覚えてすらいない。
その後も4年生で「蜘蛛の糸」のカンダタ、6年生でトリの挨拶を任されるなど「何だか過大評価されてるなあ」と思いながらも学芸会は毎年楽しみだった。
暗いステージの脇から、スポットライトの当たるステージに立ち注目を浴びる。
子供心にワクワクしていた。
その後演劇をする機会はないしやりたいとも思わないのだが、そういう経験があるだけに演劇の世界で何者かになろうと願う・演劇に夢中になる人の気持ちが少しは分かるような気がする。


 「またね家族」の主人公・武志は小劇団の脚本家兼演出家で代表。
東京で劇団を主宰している主人公が、幼い頃に母と離婚し疎遠になっていた父ががんで余命3ヶ月と知らされ福岡と東京を行き来しながら父との関係を見つめ直す物語。
そう一言で語るには重い思いが、この作品に詰められている気がした。
なぜなら、
作者・松居大悟も主人公のように東京で劇団を主宰し、東京と福岡を往復しながら憎んだ父の死を経験したからだ。

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