不登校新聞
忘れ物1つで先生の怒声が響く教室、小中9年間不登校だった僕の本音
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忘れ物1つで先生の怒声が響く教室、小中9年間不登校だった僕の本音

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 小学校1年生から中学3年生まで不登校だった中村隼人さん(21歳)。高圧的な態度の担任や学校とは合わなかったそうです。その一方で教育支援センターでは「信頼できる人との出会いで大人への思いが変わった」と語ります。現在は大学で学んでおり、卒業後はシステムエンジニアになるそうです。不登校当時の心境を中心にお話をうかがいました。

* * *

――隼人さんが不登校になったきっかけはなんだったのでしょうか?

 僕は小学1年生の3学期から学校へ行かなくなったのですが、きっかけとしては、学校という環境が自分に合わなかったことや担任の先生との相性が悪かったことがあると思います。保育園のころから行きしぶりはあったのですが、僕はもともと物事を自分の好きなように進めたいタイプの子どもだったんです。興味のあることを好きなタイミングで気がすむまでやりたいというか。だから「みんなと同じことを決められた時間にやらなければいけない」という学校の雰囲気やシステムがはじめから苦手でした。自分の行動やふるまいを指定されるのが、とても窮屈に感じていたんです。

 加えて、小学1年生のときの担任の先生が上から物を言うような高圧的な人で。当時の出来事で強く記憶に残っているのは、クラスメイトの女の子が怒られていたこと。学校への持ち物であるポケットティッシュ1個を忘れてしまっただけなのに、先生は彼女をクラス内で怒鳴りつけたんです。

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1998年に日本で初めて創刊された不登校の専門紙。 創刊前年の夏休み明け前後に発生した中学生の自殺等をきっかけに、「学校に行くか死ぬかしないという状況を変えたい」との思いから創刊しました。 ミッションは「学校で苦しむ子どもが安心して生きていける社会の創造」。