路待橋の秘密
古い橋で佇む女性。
そこに駆け寄る男性。
「ごめん、待った?」
「大丈夫。
お互い早かったね」
「そ…それなら…よかった」
「何もそんなに、
走ってこなくても」
「姿が見えたから」
「私は少し早く来て、
この景色を楽しんでたの」
「そ、そうだったんだ…」
「ねえ、知ってる?
この橋の秘密」
「秘密?」
「この橋、路待橋って言うじゃない」
「うん」
「昔は違う名前だったって…知ってた?」
「そうなの?」
「ちょっと来て」
二人は親柱の前に立つ。
「ここ見て」
「これ、橋の名前だろ」
「よく見て。
この上の部分…
削り取られてるでしょ?」
「ん?……
あっ、ほんとだ!
削られた跡がある」
「この橋の本当の名前は…恋路待橋」
「こいじ…まちばし?」
「昔、この女怒川には橋がなくて、
下流の渡し船を使わないと、
向こう側には行けなかったらしいの」
「渡し船?
それは時間掛かるね」
「そう。
向こう岸へ行くのが大変だったの。
ある日、この近くに住む男性が、
向こう岸を歩く女性に、
一目惚れしたらしいの」
「へえ~」
「二人は仲良くなったけど、
会いに行くのが困難だった。
この女怒川は暴れ川で有名で、
雨でよく増水したらしくて」
「そうか。
天気によっては会えないのか」
「その男性は女性に会いたい一心で、
考えに考え抜いて、
ある日、仲間を集めて、
橋を架けちゃったんだって」
「うわ~なにそのロマンチックな話!
女性に会いたいがために、
橋を架けちゃうなんて、
行動力のある彦星じゃないか!」
「そして…
二人が待ち合わせをするここを、
恋路待橋と名付けたんだって」
「もう完璧。
これは、映画化決定だよ」
「でもね…
こんないい話が残ってるのに、
やがて若い人の間では、
ナンパ橋って呼ばれるようになったの」
「今でもそう呼んでる人いるよね?
なんで急に?」
「ある日、事件が起きたの。
その橋を架けた男性が…
いつものように…
ここで女性を待てったんだけど…
そこを偶然通りかかった女性と、
遊びに行ってしまったあげく…
そのまま恋人同士に」
「すっぽかした上に、捨てたの?!
それは酷い…」
「それがきっかけでこの橋は、
ナンパ橋として有名になったの。
でも、それだけじゃ済まなかった」
「すっぽかされた方の女性だよね」
「そう。
まさか自分のために作られた橋で、
作ってくれた本人に裏切られるなんて、
夢にも思わなかったでしょうね。
逆上した女性は橋の名前…
恋路待橋の恋の字を削り取ったの」
「何でそんな…。
それは逆上?
ちょっと、おとなしすぎない?
裏切られたのに?
男性を責めなかったの?」
「そこは分からないの…
聞いた話だから…。
おとなしい人だったのかも…。
でも私はその気持ちは、
何となく分かる。
自分の恋心を汚されて、
悲しいという想い…。
だから恋という字のみを削った…
恋を終わらせたかったんだと…」
「なんか別れ方まで、
ロマンチックじゃない?」
「ほんとかどうか分からないけどね。
でもその人…
恋に恋してる女性って感じね…
私なら絶対、リベンジするけど」
「!…ぼ、僕は…大丈夫だよ」
「そう?
もし…この橋に自分好みの女性が、
好意の眼差しであなたを見てたら?」
「だ、だ、大丈夫。
その時は通り過ぎて、
君の家まで迎えに行くから」
「そう?
まあこれが路待橋の名前の秘密」
「こんな古い橋に、
こんな逸話があったなんて」
「そして浮気をしたら…
この女怒川に落とされるって言うのが、
最近、尾ひれがついて広まった話。
浮気防止のためにね。
でもこの川の名前…
女が怒って川にって…
偶然にしては怖いよね」
「そんな話聞かされて、
浮気する男はいないよ」
「だから話したの」
「だから、僕は大丈夫だって。
でもこんな怖い話聞いたら、
この路待橋を見る度に、
思い出しそうで……
路待橋……ん?!
ろ…待…橋?…
…え?!…これって…ああっ!!」
「どうしたの?」
「ちょっと待って!
路待橋の読み方って…
みちまちばし…」
「そうよ」
「それに!この川!
……ちょっと調べるね…
……やっぱり!
これ…橋だけじゃなくて、
この川も、昔は違う名前だったんだ!」
「え?!」
「……てことは…
やっぱり!
路待橋は…
……
普通に読めば…
……
ろ・たい・ばし…ろたいばし…
……
これを…
逆さに読むと…
……
し・ば・い・た・ろ…
……
しばいたろ!!
……
この川は女怒川…
……
この川の名前って…
どのタイミングで付いたんだ?!
……
まさか…橋を架けた男性って…
……
川に!!…」
「ええ?!!」
お疲れ様でした。