くつ屋のペンキぬり-06(日記)

 その日はからりとよく晴れた、とびきり天気の良い日でした。この国はいつだって太陽がとても近くに白く浮かんでおり、雨の降る日はふた月に一度あるか、ないかという程度です。それにしてもこの日は、飛び抜けて空が高く、風がやわらかく、息を吸い込むだけで肩も背中もふっと楽になるような、じつに穏やかな心地が朝から続きました。
 男は自分の小さな豪邸にわずかな備え付けのもの、敷きっぱなしの布団や手ぬぐいなどを、よく洗ってすっかり干してしまいました。それから、万が一雲行きが変わった際のことを、下宿の女主人に頼んだ上で出かけました。主人は眉と眉を妙ちきりんな角度で寄せながら「ほんとうに別の国のお人だねえ」としみじみ言いました。この国では急に天気が変わることなんて、五十年に一度あるか、ないかという程度だからです。
 高台にある下宿から平地へ下っていくと、まず繁華街に出ます。この近辺はがけのおかげで強風からも強すぎる日差しからも守られて、比較的過ごしやすい地域なのだそうです。立ち並ぶ商店の軒下を男がゆっくり、てくてくと歩いていきますと、小間物屋の背の低い店主が片手を上げて声を掛けてきました。
「よお革靴の兄ちゃん」
「こんにちは。お店の調子はどうです」
「昨日も今日もおんなじさ、売りモンの砂を叩き落とす仕事で日が暮れる。しかし兄ちゃん、なんだ、今日は靴じゃないのかい」
「ええ。やっぱりこの国にあの靴はあんまり苦しくて」
「だろうねえ。けど、無理すんなよ。おれらの足の裏が鉄の板なら、おまえさんの足はシルクのようだ。ぺらっぺらのすべすべでつるつる、そこへ棘でも刺さりゃあたいへんだ。くれぐれもサソリを踏むんじゃないよ」
「ご忠告ありがとう、よい一日を」
「ああ、よい一日をだ」


(続く)

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