くつ屋のペンキぬり-07(小説)

 男は繁華街の真ん中を通って、時折脇道へひょいと逸れてみては、また真ん中の道へ戻ってを繰り返し繰り返し進みました。途中、あのボロ布のような古着を買い取ってくれた店や、仕事先へ向かう大工の棟梁、いまにも紙の山が崩れそうな古本屋などに出会いました。
「あら、雪の国のお兄さん」
「変わり者の兄ちゃんじゃねえか、元気か」
「お金がなければ物々交換です。北の地方の書物はこのへんじゃまるで出回らない、一冊あればそうですね、このあたりの古本ひと山は替えて差し上げられますよ」
 食べ物も言葉も違う国の書物は、ペンキぬりの弟子の立場の次に、男がたまらなくほしいものでした。とはいっても、明日も知れぬ身、今日の仕事の見つからぬ身です。男は日焼けした本の表紙をざらりと撫でますと、気難しそうな古本屋の主人ににっこり笑って、店の前を後にしました。
 さてどうしようかと思って、ふと顔を上げた先にとりわけ背の高い、大きい大きい丸屋根を見つけました。

(続く)

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