くつ屋のペンキぬり-05(小説)

 それから三日か四日か、男は不要な持ち物を売っては今の住処に必要なものを調達して過ごしました。五日目からさらに十日ほどは、日雇いの仕事をいくつか紹介されて出かけてゆきました。下宿の主人が取り持ってくれた仕事もありましたし、例の若いペンキぬりが、男が倒れていやしないかと顔を見に来て紹介してくれた仕事もありました。
 若いペンキぬりは、やれ屋根の点検だ、やれ材料の調達だといっては近くを通りかかってくれます。男は初めのうちこそ、この若い――若いといってもほかのペンキぬりと比べたときの話ですが――ペンキぬりの顔を見るにつけ、咄嗟に申し訳なさそうな顔をしておりました。
「そういうのはやめてくれ」
「私は何もしておりませんよ」
「だから、そういうのだ。あんた、そうやってすぐに眉を下げるだろう。俺たちは別段、恩を売ったとか買ったとかの間柄じゃないんだ。気にかけるのは不思議じゃあない」
 ペンキぬりはこの若者に限らずぶっきらぼうですが、それが悪意で無いことは、男にもよく分かっておりました。
「では私からも。友なればこそ、信じて安心していてはくれませんか。不慣れなりにもなんとかやってみるつもりです。あまり遠回りばかりしては、あなたのランポンも淋しがるでしょう」
 ランポンとは、このペンキぬりの息子の名前です。しきりに異国の話をねだった黒曜石のような瞳が、帰りの遅い父を待って翳るのは、男にとっても忍びないことです。
 これを聞くと若いペンキぬりはやれやれ、と溜め息を吐きました。それから、「それでも本当に困った折には必ず互いを頼ろう」と固く約束をして、この日は別れました。
 そんなわけですから、翌日さっそく仕事の紹介がなんにも見つからなかったところで、男はペンキぬりを頼みにもできません。きっと自分でやってみるよと啖呵を切ったのですから。男はあてもなく、街をぶらついてみることにしました。元々あての外れたところから始まった暮らしなのでした。

(続く)

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