くつ屋のペンキぬり-08(小説)

 大きな建物のわりに、窓はずいぶんと小さく、太くて高い塔の上の方にばかり空いています。古めかしくも小綺麗なそれを見上げてはて、と男は首を傾げましたが、すぐにぴんときました。それから、その建物に向かってまっすぐまっすぐ歩き出しました。
 ごちゃごちゃとしてどこかほっとする商店の並びを抜けますと、外壁と屋根の色がいっそう混じりっけのない白の、少し他人行儀な印象すらある区域に出ました。立ち並ぶのはいろんな名前の役場や大きな診療所、金の預け入れ所など、お役人やそれに近い人が多く働いているようです。ぴかぴかの外壁に男は目を輝かせ、あちこちの建物をじろじろと眺めながら歩きました。やがて開けた場所に出て、真ん中に、固めた砂でできたオブジェのある広場を見つけました。
 土地が土地なら、ここには大きな噴水を設置したのでしょう。けれども太陽のほど近いこの国で、噴水のようにたくさんの水を使う施設は馴染まないと見え、代わりに、白い砂を噴水のように固めて石細工のようにして置いてありました。男が近づいてまじまじと見てみますと、どうも家々の丸屋根と同じ材料が使われているようです。なにしろペンキぬりになるつもりが、屋根に上ることを許されなかった男でしたから、こうまで間近で屋根の材料を眺めるなんて初めてです。男は小一時間ほども、この噴水像とでも呼ぶべきモノの周りをぐるぐるとうろつき、さすがに周辺の人が怪しみはじめたあたりでやっとその場を離れました。
 離れるときもここへ来る道順を何度も頭の中で思い返し、またいつでも来られるように、記憶に留めるようにしました。
 さて、とびきり大きな建物ですけれど、これが噴水像を挟んで広場のいちばん奥にありました。入り口のところに簡単な案内板と「中ではお静かに」の注意書きがされています。男がどこか緊張した面持ちで踏み入れますと、まばゆい外界に対して中はほんのりと薄暗く、しかしかえってそれが、所蔵された資料を確かめるにちょうど良い具合でした。
 男は図書館へ来たのです。

(続く)

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