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役者が漫才に挑んだ『芸人温泉』の記憶と記録

ひらさわ&フルタ プロジェクトによる第8弾公演『芸人温泉』が終幕しました。2020年7月24日~26日の3日間、下北沢小劇場B1にご来場下さった皆様、ありがとうございました。4月からの延期公演。7月になってみても世の中も演劇界もこのような状況の中で、公演として無事に完走できたことは奇跡です。出演者、スタッフの皆さん、ありがとうございました。今後も何か一緒にやりたいと思える良い出会いも沢山ありました。

公演が終わった翌日は終わったばかりの公演が頭にも身体にもまだまだ残っていて重い。それを一日かけて、ゆっくり軽くしていくような感じがある。というわけで、ずいぶん放置していたnoteを徐に開いて、忘れない内に書いてみることにした。

今回の企画は、演芸をテーマに何か創りたいという所からスタートした。色々な演芸がある中で、当初、漫才だけは避けたいと思っていた。漫才という演芸を物語の中で説得力ある形で描き切るのは、とてつもなく難しい気がしたからだ。正直、そこは逃げたかった。けど、Pと話すうちに「やるなら漫才しかないだろう」ということになっていった。

ちょうど去年、実は知人のカメラマンと素人ながら「M-1グランプリ」に出たことがあった。

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その頃、松竹芸能タレントスクールで演技の講師をやっていたこともあって、ネタ見せや賞レースにおける自分の考察が本当に合っているかどうか実体験をもって確かめたかった。もちろん、社会科見学としての部分も大きかった。芸人という職業を選んだ人を僕はずっとリスペクトしていて、売れていても売れていなくても、かっこいいと思っている。そんな人達がしのぎを削り合う現場をこの目で見たいと思った。我々は運よく2回戦まで進むことができたが、そこで敗退。しかし、得たものは大きかった。漫才という演芸の難しさと怖さを痛感した。これをもって僕の中では一区切りついていた。けど、そんな漫才を物語として描くということになり、さてどうするべきかと考え始めた。

漫才コンビを描いた物語はいくつもある。一番認知されていて有名なのは、おそらく『火花』。Netflixのドラマ版『火花』はかなり熱中して見ていたし、ドラマとしても傑作。僕も売れない漫才コンビを描きたいと思っていたが、演劇として、舞台で繰り広げられる物語として落とし込むにはさらにアイデアが必要だ。映像は観客にも笑うタイミングやリアクションをディレクションできる。けど、生の舞台はそうはいかない。お客さんの反応はコントロールできない。面白くなければ笑わないという選択の自由がある。

そこで辿り着いたアイデアが、3組の売れない漫才コンビが芸人引退をかけて挑む漫才ライブという設定。実際にステージ上で漫才勝負をして優勝が決まる展開だった。その優勝を決めるのは会場にいるお客さん達。そして、優勝したコンビだけがその後のエピローグシーンを演じることができるマルチエンディングシステムとした。コンビによって異なる3パターンのエピローグは、売れたその後の一日を描いた。負けた2つのコンビの行く末は全く描かれない。その残酷さ、それもまた演芸の世界の覚悟を伴う厳しさだと思い、そうすることにした。

作品の脚本と演出を担当する中で、ラストの漫才部分の台本をどうするかということが議題になった。そこで『火花』の漫才監修もされた作家の中村元樹さんに入って頂き、3組の漫才台本を書いてもらうことになった。

こうして物語が出来て、漫才台本も上がった。けど、まだ当初の問題をどうやって解決するか悩んでいた。役者が演じる漫才の説得力についてだ。去年、自分で漫才をやってみて一番感じたことは、今まで見て来た漫才師たちの形を無意識になぞってしまっているだけで、漫才風(まんざいふう)の域を越えられないということだった。これがやりながら自分で分かってしまう。地獄だった。本当に苦しい。逃げ出したくなるほど恥ずかしい。漫才という演芸のテクニカル面の難しさ、独自性の打ち出し方が分からない八方ふさがり感。プロが書いた漫才台本を完璧に憶えて、演出によって動きを整えても、果たしてそれが笑えるかどうかは分からない。別問題だ。芸人しか醸し出せない、センターマイクを前にした時のある種色気のようなもの。つまるところ、本気で勝負を掛けているあの一瞬に説得力があるかどうか。役者が芸人を演じながら漫才に挑むということは、そのハードルを越えなければならないということでもあった。

今回の稽古期間は1カ月。しかも、稽古場で密を避けるために、漫才コンビごとの数人だけの稽古を重ねるしかなかった。考えた結果、3組の漫才コンビには、それぞれの漫才台本だけを渡して、お互いのネタを一切見せあわないことにした。そのまま、7月24日の本番初日を迎えてもらうことにした。つまり、3組のコンビがお互いのネタを知らない。ゲネプロと呼ばれる本番同様のリハーサルでさえも漫才部分は飛ばして行った。徹底的に漫才をお互いに見せ合わせることなく、自分達の漫才を信じて練習し続けてもらった。気が付けば、コンビ同士がお互いのネタの仕上がり具合を探り合い始めた。

本番まで漫才を披露することができない中、頼る相手は相方しかいない状況。役者達が配役を越えて、ホンモノのコンビとなり始めた。笑わせたい、勝ちたい、自分達こそが面白い。芸人としての色気がにじみ始めた。本番は全6ステージ。コンビとなった二人はギリギリまでネタを合わせ続け、色気はどんどん濃度を増していった。本番のネタ順も、毎回その場で決まるシステムとして、その順番が新たなドラマを生んだ。

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芸人温泉は終わった。けど、まだ脳内で出囃子が鳴りやまない。
最後まで読んで頂きありがとうございました。





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