善意という名の半熟卵|日記
正午。リーダーから作業中断の合図が出た。
周りが😋や🤗な顔をして「どこそこのカレー屋にいこう」だの「今日はパスタにしよう」だの待ちに待ったランチタイムに声を弾ませる中、私は😔だった。
当時私は二十歳だった。大学を中退し、都内のゲーム会社でテスター(ゲームの動作確認をする仕事)のアルバイトをしていた。
会社の建物を出ると人波から外れるように遠くへ向かった。やがて路地の奥の目立たないところに一軒のラーメン屋が見えくる。
私が毎日通う店だ。会社からここまで離れていると見知った人は誰もこない。いきつけ、というより、避難場所、だった。
昼間だというのに客はまばらだ。😒な顔の店主に私は醤油ラーメンを頼んだ。
私は人との交流を避けていた。バイト先には気のいい人が多く、🤓「いっちー、飯いこうぜ」と誘ってくれることもあったが、私はこうして一人で食べることを選んだ。
しばらくしてラーメン丼を手にした😒がやってきて一言。
😒「サービス」
私が丼に目を落とすと、ラーメンの上に見慣れないものがトッピングされていた。
半熟卵だった。
私は😨になった。
一人で生きていこうと決めたのは中学生の時だった。
陸上部だった私は部活の試合帰り、部活仲間の加藤さん👩🎓と二人きりで歩いていた。
密かに思いを寄せる人との帰り道。それは普通の人間であれば甘い思い出になるはずだった。
ミスタードーナツの店を見て彼女がいった。
👩🎓「いっちー、ドーナツ買おうよ」
😨「あ」
私は食物アレルギーだった。特に卵がダメで、卵を使った製品を食べると体中に異変が生じる。ドーナツなど言語道断だった。
👩🎓「ドーナツ嫌い?」
😨「好き」
卵を食べられないことを恥ずかしく思い、中学に入ってからはアレルギーであることをひた隠しにしてきた。私の事情など彼女が知る由もない。
私たちは買ったドーナツを食べながら並んで歩いた。
👩🎓「おいしー。いっちー、食べないの?」
😨「食べる」
私はパニックになっていた。この窮地を乗り切るにはどうしたらいいか。周りを窺うと川が流れていた。
彼女が私から目を離した瞬間だった。私は川めがけてミスタードーナツを輪投げのように投げ捨てた。ひゅん!
ぽちゃん。
👩🎓「…」
😨「…」
その日以来、内気な私をかわいがってくれていた👩🎓さんは私を避けるようになった。
私は私で食べ物のことでいちいち気まずい思いをするのが嫌で「もう二度と誰かと一緒に食べたりはしない」と誓い、それ以来、人との交流を避けてこそこそと生き続けていた。
安心安全なはずの醤油ラーメンの上に半熟卵がのっている。
私は「サービス?」と😒を見た。
😒「いつもありがとさん💖」
😨「あ」
私は反射的に「どうも」と頭を下げた。
そしてパニックになりながら考えを巡らせた。
選択肢は三つだ。
①😒に白状する
②席を立つ
③半熟卵を残す
このうち、😒に😰「じつは…」というタイミングを逃してしまった。①はもうダメ。
②だ。急用ができた体で席を立とう。
私はイメトレをした。
😨「(スマホをみる)」
😨「(あ、緊急の案件だ!)」
😒「(じーっ)」
😨「(しょうがない、残すしかないか)」
😒「(じーっ)」
😨「(スマホでアピール。緊急なので)会計お願いします」
😒「…しょうゆ600円」
よし。これでいこう。
私は緊急の案件が入ったふりをして席を立つべくポケットからスマホを取り出そうとしたが、スマホがない。
会社のロッカーの中のカバンに入れっぱなしだったことに気づいた。
どうしようか。私は念のためスマホなしで演技するケースをシュミレートした。
😨「(わかんないけど緊急の案件だ!)」
😒「(じーっ)」
😨「(しょうがない、残すしかないか)」
😒「(じーっ)」
😨「(緊急なので)か、か、か、か、会計お願いします」
😒「(じーっ)」
小心者の私にはスマホなしの演技は難易度が高い。②は却下だ。
となると、
③半熟卵を残す
とにかく私は割り箸を手にした。
麺を食べるために箸で半熟卵をかきわけていく。そのたびにトロトロの黄身がもののけ姫のドロドロみたいにスープを浸食する。
🐶モロ「お前にメンがすくえるか?」
この調子だとスープを飲むこともできない。
テキトーに麺だけすすって帰るとしよう。
サービスしてくれたものを残すのは心苦しいが、この場合は仕方がない。私に罪がないことは神様😇もわかってくれるだろう。
😇「アカンでえ。人の善意をムダにしたら」
😨「…」
😇「きっと😒は悲しむやろうな。丼ん中に残った半熟卵を見たときどんなきもちなんやろ。もう二度と人に善意はみせんといてこ。そう思うやろうな」
😨「…善意という名の半熟卵を箸でかきわける人のきもちがあなたにわかりますか?」
😇「これ残したら、善意のバトン、あんちゃんがとめたことになる。地獄行きやで」
😨「…」
よかろう。
残さない。
最後の手段だ。私は周りを窺いながらポケットからティッシュを取り出した。
😒の隙を見て半熟卵をティッシュにくる…
👨💼😨👨💼
😒「らっしゃい」
こんな時に両隣を👨💼👨💼に囲まれた。
👨💼「お前さ、午後のプレゼン大丈夫か?」
👨💼「任せとけって」
私を挟んで会話をするな。テーブル席でやれ。
しかしこれで隙がなくなってしまった。
かくなる上は…
私は善意に報いるために覚悟を決めた。
目の前の半熟卵を見つめ、深呼吸し、まず半熟卵を丸飲みし、
😫「ひぃーーーーー」
黄色く染まったスープを一口、
😫「ふぅーーーーー」
黄色いスープをゴクゴクし、
😱「ミャーーーー#$%&#%&$!#」
完食。
🤧「…ごちそうさまです」
😒「しょうゆ600円」
道で吐き、会社のトイレで吐き、どうにかこうにか自分の作業机に戻ったときには私は満身創痍だった。
ランチを終えた仲間たちが😋な顔や🤗な顔をして楽しそうに話している。
私は椅子に座ったまま目を閉じた。
ひとりぼっちだ
ずっとひとりぼっちだ
これまでもそしてこれからも他人にはわからない苦しみを抱えたまま、飯に誘われることがないように人を避け、こそこそと隠れて飯を食べ続けなきゃならないんだ
自分には何一つ得することがないのに善意に応えるために命さえすり減らし、そうやって水面下で重ねた苦労や負担の数々を誰にも知られることなく、生きていかなきゃならない
昼下がりの激闘を果たしたのちも、ランチタイムで体力満タンになった😋や🤗や🤓と同じ量の作業を割り当てられ、まるで何事もなかったように午後の作業がはじまるんだ
🤓「いっちー?」
声がした。
👫「いっちー! どうした?!」
周りが騒がしくなる。どうやら激闘のせいで私の顔中がパンパンに腫れ上がっているようだ。
私は目を開けるよりも先に熱いものがまぶたの奥から溢れてくるのを感じた。
👨👨👧「いっちー! いっちー!」
もういやだ
ひとりぼっちなのはいやだ
👩👩👦👦「いっちー! いっちー!」
バイト仲間の声が聞こえる。
加藤さんの声が聞こえる。
🗣️「いっちー! 月見バーガー買おうよ!」
みんなの声が聞こえる。
😒「いっちークラブ?」
👨👨👦👦「いっちークラブ誰でも歓迎?」
👩👩👦👦「そうだ! みんなでいっちークラブに入ろう!」
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