愛という名が付かなくても大切な関係性/『愛がなんだ』感想
好きな人の好きな人になりたい。
そう誰もが望み、悩み、泣いたり笑ったりした経験があると思う。平安時代から詠まれてるであろう永遠のテーマを、本作は切実に描いている。わかりやすいハッピーエンドもなければ突き放すわけでも絶望するわけでもない。ドラマチックでもない、ある種の平坦さが結果的に思いをめぐらす余地を残している。とりわけ、夜の杉並区は舞台として説得力を持っていた。
映画『愛がなんだ』感想。
<あらすじ>
猫背でひょろひょろのマモちゃん(成田凌)に出会い、恋に落ちたテルコ(岸井ゆきの)。マモちゃん一色に染まり始めるテルコの世界。会社の電話はとらないのに、マモちゃんからの着信には秒速で対応、呼び出されると残業もせずにさっさと退社。友達の助言も聞き流し、どこにいようと電話一本で駆け付け、平日デートに誘われれば余裕で会社をぶっちぎり、クビ寸前。
大好きだし、超幸せ。マモちゃんは優しい。だけど、マモちゃんは、テルコのことが好きじゃない…。
当事者にしか分からない関係性
当時、映画館で観終わり、館内が明るくなったとき、隣で観ていた女子2人組が、「これまじであんたの話じゃん」「うちもホントそう思った。やばい」と話していた。この女子2人に限らず、これは多くの男女の記憶をなぞる物語だ。
名前のない関係性や2人にしか分からない距離感。時には当事者さえ理解の範疇を超えて成立している繋がりというものがある。
テルコは彼氏でもないマモちゃんに言わば良いように使われている関係だが、果たして本質は別にある。良いように使われてると映る関係性も、あくまで第三者の視点でしかないからだ。テルコは自分の好きなようにしてるだけだし、自分なりの納得感に従って生きている。結論を急いでいるわけでもなければ、着地も無理強いしていない。
客観的に見れば着地させて、名前を付けなければいけない形を「この人と一緒に飛べているならもうそれで幸せ」と本気で思っている。下手に着地を求めて機体を不時着させて壊すぐらいなら、ずっとこのままフワフワと飛んでいたい。テルコはそう考える。
マモちゃんも悪気があるわけじゃない。それだけにタチが悪い。またそれがリアル。どこかで矛盾や違和感を覚えながらも、惰性で甘えている。
壊したくないからこそ答えを求められないテルコと、答えを求められない心地よさに甘えてしまってるマモちゃん。好きすぎるがあまり、大事すぎるがあまり、その関係をワレモノ扱いしてしまっている。注意深く取り扱い、割れてしまわないように下手に置くことができない。ずっと手に持ったままフラフラするしかない。
世の中には、名前のついたわかりやすい関係よりも、こんなふうに名前のつかない関係性のほうが多いんじゃないだろうか。
言葉にしたら終わってしまう、名前をつけることから目を背けた関係のことを、みんな簡単に非難できるだろうか。
テルコを見ていると、恋とか愛とか名前だとか、そんなものから逸脱したこの想いこそ最高に純粋で澄んでいる気がしてくるのだ。
岸井ゆきのが100点満点
テルコを演じたのは岸井ゆきの。彼女の演技をちゃんと観るのは初めてだった。初見はカナブーンのPVだったと思う。『ここは退屈迎えにきて』にも出演していたのは覚えている。そのときの印象はさほど鮮明ではない。
この映画ではスーパー素晴らしい。めちゃくちゃかわいい。彼女は画像で見るよりも映像の中で100万倍映える魅力を持っている。
テルコ役を100%引き出せそうな適任が他に思い当たらない。繊細さと鈍感さのバランス、その表現がとても上手い。肌も歯も綺麗だし、声も話し方も可愛いし、どこのコミュニティに存在しても愛されるタイプだと思う。
成田凌は相変わらずいけ好かない役柄をいとも簡単そうに演じている。クズ系男子を演じさせたら若手俳優No.1なのは間違いない。なぜか僕が観たい映画には大抵彼が出演している。
そして今回一番衝撃を受けたのがナカハラという男を演じた若葉竜也。喋り方とか間の取り方、感情を物語る些細な表情、どれもがすべて自然。もうね、ずっと見てられる。高橋一生を思わせる雰囲気もあり、深夜、コンビニの前でテルコと愛の形について語り合うシーンはハイライトのひとつ。台詞ひとつひとつがスッと入ってきた。
いつかの片想いをなぞりたくなる
この映画を観たカップルたちは鑑賞後に何を語り合うだろう。一人で観に来ていた美女は何を考えただろう。そんなふうに他人の感想も気になる作品。
こういった生活感のある恋愛映画はとても好きだ。路上の風を感じそうな、夜の静けさが分かりそうな、部屋の匂いを感じられそうな。
好きなシーンをひとつ紹介。
酔っぱらったテルコとマモちゃんがベッドの中でコトを始めようとしたらマモちゃんが勃たず、そのあと本音を語り合って2人にしては分かりやすく愛の輪郭が浮き出た時、マモちゃんのモノが復活するシーン。あれは本当にリアルだった。
長さをまったく感じないし、終始ニヤニヤと観てしまう作品。そのニヤニヤの中身はひとつじゃなくて、なんか色々ある。観たらわかる。片想いの経験があるすべての人へ、文句なしにオススメ。
サポートが溜まったらあたらしいテレビ買います