<竜>観音菩薩あるいは竜の幼体と見紛うべき、多肢のオタマジャクシについて

故岡田節人博士の名著「からだの設計図」の第一章に、インドの研究者による、尾に過剰肢のあるオタマジャクシの模写がある。尾の途中を切断したオタマジャクシを、ビタミンAを含む水で処理して得たのだという。このビタミンAの作用により、本来は尾が再生されるはずが、尾のみならず一対の肢までも形成されたのだという。要するに、発生プログラムの変更が、ビタミンAが切断面から浸透して成立した、ということになる。その模写に遭遇した時、個人的には、形作りと位置情報に関する考察などではなく、そのオタマジャクシ自体に観音菩薩の立像のような、あるいは、竜の幼体が佇むような、優美かつ神聖な何かを感じた。しかし、この引用元の論文については、長い間入手できずにいた。


しかし、近年、データベースは充実し、ついに入手することができた。1993年1月23日のNature誌である。これによると、インドの研究チームは、Uperodom systoma(大理石の風船カエル、と呼ばれる)の、後肢だけ生えた段階のオタマジャクシの尾を真ん中で切断し、ビタミンA 10 IU/mLで処理し、その後の再生の経過を観察した。

ビタミンAには毒性があるので、処理後、前肢が生える段階になる前に死亡する個体や対照よりも変態の遅くなる個体もあったが、処理後24時間経過で全体の10%、144時間経過で全体の50%のオタマジャクシで尾に過剰肢が見られ、その本数や形の異常など様々であった。本論文は1ページ強のレターという短いものだが、その中に8枚の実験個体の写真が白黒で掲載されている。尾の末端付近に形成された過剰肢は、何らかの印を結んでいるように見えたものだった。


このインドの研究チームの報告は、この年以降も数多くある。私が入手できた文献をいくつか挙げていく。

1999年に発表された報告では、Polypedates maculatus(インドアマガエル)を用いて、同様の尾切断+ビタミンA処理実験を行ったが、経過時間ごとの組織内部の構造を組織切片にして観察し、組織レベルでの変化を追跡した。尾を切断したオタマジャクシをビタミンA 10 IU/mLで72時間処理した。表皮の多層化および基底膜の形成は未処理の個体よりも少ない日数で観察されたが、脊索の収縮は未処理の個体よりも日数が経って観察された。また、処理された個体にのみ、尾の先端で泡状塊(bulbous mass)が見られた。その他、筋肉や神経の形成も処理された個体で見られた。

22-48日後にかけては、肢の大元になる膨らみから肢が形成される様子がわかり、65日目には関節や指のある過剰肢をもつオタマジャクシになった。過剰肢は、後肢の形をしていた。この論文では65日目の個体の写真があるが、前述のように、何対もの過剰肢で印を結んでいるようであり、さらに泡状塊がその過剰肢を称える光輪のように見えたのだった。


更に、2003年には、同じくPolypedates maculatusで尾および後肢の真ん中を同時に切断したオタマジャクシをビタミンA処理し、その後の再生を観察した報告をしている。同じオタマジャクシで、腰骨の発生と後肢の重複形成が同時に起ったというのである。ビタミンA 20 IU/mLより異常な形をした肢の形成、重複した後肢の形成や過剰肢が見られ、30 IU/mLに濃度を上げると、これらの特徴が見られる個体の割合が増えた。膝から2本の肢が生えた個体、関節に水かきを作る個体などの写真が掲載されていた。


同年、インドの研究チームの指導者とカナダの共同研究者で、過去のデータを集積してオタマジャクシの尾の過剰肢形成に関して、種間の違いなどを検討した報告を発表している。

ビタミンA処理の致死率については、Polypedates maculatusでは20%未満だが、Uperodom systomaでは60%、Microhyla ornata(ヒメアマガエル)では90%と毒性への感受性に大差が見られた。

また、ビタミンA 処理後の再生についても差異が見られた。Polypedates maculatusでは泡状塊が約17%の個体で見られ、過剰肢の発生は約12%で見られた。Uperodom systomaでは約32%で正常ではない袋状の尾の再生が見られた他、過剰肢が約22%で見られた。Microhyla ornataについては約26%で正常な尾が再生し、袋状の尾の再生は約25%であったが、過剰肢の発生や泡状塊の形成については他の2種よりも大幅に少なかった。ただし、いずれも変態までの日数は対照よりも倍近くの日数を要した。

この報告では、肢の形状や骨形成。組織解析など多岐にわたり記載があるが、ビタミンAの感受性や組織の応答能力が種によって異なることは明らかと言えた。また、尾の再生のみならず、後肢の形成抑制や重複形成といったビタミンAの作用も種によって異なり、全く変化を起こさない種もいるということだった。


このオタマジャクシの尾切断とビタミンA処理による過剰肢の形成については、近年、日本でも新しい成果が見られた。2017年に日本発生生物学会の英文誌にて、広島大学両生類研究所の研究チームが、Xenopus laevis(アフリカツメガエル)とRana catesbeiana(ウシガエル)を用いた発表である。ビタミンA処理したオタマジャクシの尾の再生で、腹側のみならず背側からも過剰肢の再生を確認できたというのである。

最初に、Xenopus laevisを用いた実験では、ビタミンA処理をしても、過剰肢の形成は見られなかった。処理後33日経過しても、切断面からわずかな肉塊が増えたのみで、尾の再生自体も起らなかった。しかし、未処理の個体では、33日後、鰭の一部が書けているが尾全体は再生された。アフリカツメガエルでは、ビタミンAの毒性としての感受性が高いかもしれないと思われた。

次に、Rana catesbeianaで実験を行った。インドの研究チームでは過剰肢形成の頻度が低いとされてきたが、インドの水道水は超硬水だが、日本の水道水は軟水であり、水質の違いを考慮し、実験個体を軟水に慣らし、ビタミンA処理の実験を実施した。約23%の個体で過剰肢が見られた。尾の切断面付近にピンクの細胞塊ができ、それが肢になるのが確かめられた。尾自体も再生されていくが、過剰肢は尾の先端にできる外見となる。過剰肢の中には、指が重複して多指になっているもの、鰭と肢が融合したもの、軟骨はあるが関節や筋肉を持たないものも見られた(本論文の掲載写真のアルシアンブルー染色されたオタマジャクシだが、短小な一対の過剰肢が背びれのようで、太めの尾を持った姿形は優美である、染色のマリンブルーも綺麗である)。

いずれの再生された過剰肢も、成体の後肢の形をしていた。成体の器官が幼生の器官である尾から分化誘導され、かつ、右肢・左肢・指の位置など、体軸の位置情報が備わっているといえた。しかし、変態が進むと、血流が細いためか、尾が退縮すると、この過剰肢はちぎれて外れてしまった(この現象は2003年の共同研究の文献にも記載あり)。

広島大学の研究チームは、今回のウシガエルで観察できた実験結果から、過剰肢形成とその位置など規則性を考察した。この過剰肢のできる領域としては、背側よりも腹側が多かった。右側か左側か、については、肢の数に差は見られなかった。まれに、鰭のある場所でこの肢ができることもあったという。これらのデータを蓄積させ、研究チームは【尾の基部-腹側】・【尾の基部-背側】・【尾の末端部-腹側】・【尾の末端部-背側】の4領域に分けて考え、過剰肢が最も多く見られたのは、【尾の基部-腹側】と結論した。更に、背側に過剰肢が見られたのは、オタマジャクシのビタミンA処理後の尾の再生において、前後軸の横軸(ただし尾の再生の過程で頭-胴-尾-胴-尾となる)に加え、尾の中心を背とし、ここから上および下のいずれも腹とする鏡像の縦軸という二種類の位置情報があるとするモデルを考案した。


種によってビタミンAの感受性および応答性が違うことに加え、同種でも再生の結果は確率的とも言える側面があることは興味深いと思う。今後、この確率的な側面について、より何か明らかになれば面白いだろう。

何がともあれ、私の心を観音菩薩あるいは竜の幼体のように掴んできた、多肢の尾を波打たせて泳ぐオタマジャクシ達を、我が心の<竜>と認識せずにはいられない。



使用文献

からだの設計図 岡田節人著 岩波新書 1994年

Limbs generated at site of tail amputation in marbled balloon frog after vitamin A treatment P.Mohanty-Hejimadiら著 Nature Vol.355 23 January 1992

Histological Effects of Vitamin A on the Tail-Amputated Tadpoles of Polypedates maculatus with Special Reference to Hometoic Transformation P.Dasら著 Cells Tissues Organs 1999;164:90-101

Simultaneous induction of ectopic pevic zone and duplication of regenerated limbes in tadpoles of Polypedates maculatus by vitamin A A Patiら著 Indian Journal of Experimental Biology Vol.41 December 2003, pp.1424-1430

Vitamin A, Regeneration and Hometoic Transformation in Anurans P.Mohanty-Hejimadiら著 Proceedings of the National Academy of Sciences, India Section B: Biological Sciences. B69 No.5 pp.673-690 (2003)

Vitamin A induced homeotic hindlimb formation on dorsal and ventral sides of regenerating tissue of amputated tails of Japanese brown frog tadpoles Ichiro Tazawaら著 Development, Growth and Differentiation (2017) 59, 688-700

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