外伝:有望な怪物達 その14:フランシス・バルフォアに関して追記

非公式の卒業論文の本論・補遺・外伝の全ての締めくくりも兼ねて、外伝その12の最後に博士が語った、英国の生物学者フランシス・バルフォアについて少し記載する。バルフォアは脊椎動物・無脊椎動物の比較発生学において数多くの業績を残し、その集大成として、Treatise on Comparative Embryologyという全2巻の百科事典のように分厚い書物を世に遺している。粗雑な複写物は手に入れることはできるが、非常に読みづらく、私自身は恥ずかしながら読みこなせなかった。この早熟な生物学者は1882年7月19日、モンブランにて遭難して帰らぬ人となった。わずか30歳で人生を終えたのだった。

博士は、Larvae and Evolutionではバルフォアを引用していない。2000年まで、前述の書物に出会えていなかったからだ。しかし、The Origins of Larvaeでは、バルフォアの幼生に関する考え方を記載している。まずは、棘皮動物の個体発生の進化に関して、Treatiseの第1巻p.575の箇所を引用している。

「成体の棘皮動物はおそらく祖先より受け着いた放射相称を保持していただろう。そして、二次的にその体制を得たのでは内だろう。幼生の左右相称こそが二次的であろう」

また、同じく第1巻のp.575では、

「棘皮動物の現在のグループが分化した後で、様々な幼生の形が作られたのではないか。そうでなければ、個々の棘皮動物は幼生の異なるタイプの数だけ、祖先が異なることになり、不可能な位置付けを考える必要が生じる」

また、結論の章では、Treatise第2巻のp.300より、バルフォアの幼生に関する考え方の総括を引用している。

「おそらく先験的な見方になると思うが、2種類の幼生を、一次幼生および二次幼生と区別してよいだろう。一次幼生は少なくとも修飾された祖先形であり、妨げられることなく、成体をその種が確立するようになった時から、遊泳できる幼生に発生するようになったのだろう。二次幼生は、その種の個体発生に導入されたもので、元々は成体の特徴のみを持つ種の若年の形として導入されたのだろう。中には、卵の卵黄の減少によってその形を発現させたものもいただろうが、その結果、自由に遊泳できる形質の早い段階に似ている種もいれば、早期に孵化した形の単なる変更になった種もいたことだろう。二次幼生は、卵内の発生で祖先形が胚に保持されている場合は一次幼生に似たが、全体的に形を変えて適応したのだろう」

博士によると、バルフォアは刺胞動物のプラヌラを唯一の一次幼生とし、他の幼生と見られているものは全て、各動物門の成立後に導入された二次幼生ということである。ダーウィンは幼生が成体と同様、漸進的に進化し分類の根拠となるものと考え、ヘッケルは幼生を祖先形質から受け継いだものと考えていた。バルフォアは何故幼生のほぼ全てが二次幼生なのか、その仕組みを考えるところまでは、短すぎる寿命では到達できなかったが、博士自身は、バルフォアが理論を完成させていたら、自著を世に出すことはなかっただろう、とまで書いている。そこまでバルフォアを畏怖しているのだと思う。

優れた資質を発揮する人間の多いこの世界で、私は半生を「非公式の卒業論文」に費やした。そのことを嘲り笑う人は多かろうと思うが、私としてはそんなことはどうでもいい。ただし、現実世界での卒業研究で味わった様々な経験が私に授けた重い十字架も、これで克服できたのではないか、と、思い始めている今日この頃である。




使用文献:

The Origins of Larvae Donald I Williamson著KULWER ACADEMIC PUBLISHES 2003年

Introduction to Larval Transfer Donald I Williamson著 Cell & Developmental Biology 2012年 (http://dx.doi.org/10.4172/2168-9296.100108)

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