備忘録:発生様式の根本的な理解の変更を求められた、有櫛動物の個体発生

有櫛動物は左右相称の後生動物から分岐した原始的な無脊椎動物だが、海中を遊泳している様子や外観からクラゲと似通っており、腔腸動物と直感的に間違えやすい。ウィリアムソン博士は、有櫛動物の幼生の起源について、以下のように述べていた。


有櫛動物では、フウセンクラゲ幼生が広まった。複数のパイプをゼラチンに刺したようなTjalfiellaという種(幼生世代を持たず、体内で子供が育つ)が雑種交配でフウセンクラゲを獲得したと考えられている。


名著「The Origin of Larvae」のp.59が該当箇所になる。クシヒラムシ目に属するTjalfiellaは上述の通りクラゲ様の形態とはかけ離れているが胚と幼生を持ち、幼生はフウセンクラゲ(cydippid)の幼生であり、この形で孵化することから、幼生を持たないTjalfiellaの祖先と成体の形態がフウセンクラゲである祖先との雑種交配により、Tjalfiellaはフウセンクラゲ幼生を獲得するに至ったのではないか、と博士は考えている。


しかし、米国フロリダ大学の研究チームによると、有櫛動物の大多数が持つフウセンクラゲ幼生については、これ自体が幼生であることを否定し、発生様式も直接発生であるという成果を発生した。孵化直後の小サイズの個体から体内で自ら子孫を生み出す生殖が可能というのである。

孵化した幼生のサイズ1-8mmの八通りに分けて観察したが、全てのサイズでこの生殖能力は確認された。そして、水温が高い(28℃)の方が低い(20℃)時よりも生まれる個体数が多いようである。ただし、個体密度については元々の幼生のサイズが矮小ということもあり、密度による影響はなさそうである。栄養面では、脂質・脂肪酸・DHAの量が多いほうが個体数が多いと言う結果になった。今回の研究ではカブトクラゲの一種Mnemiopsis leidyが使用されたが、ウリクラゲの一種Beroe ovataにおいても、同じ現象が確認されたということである。

フウセンクラゲ幼生とこれに続く発生段階(lobateと呼ばれる)では形態の相違があるが、これらの形態変化は環境の変遷とは一致しておらず、形態自体を環境に適応した一種類の形態(ecomorph)と考えるべき、と筆者等は述べている。そして、従来の有櫛動物で存在するとされた、反復生殖(dissogony)・幼生・変態という概念を廃し、個体のサイズに関係なく孵化直後より常に成体であると考えるべきとの議論を展開している。



このような知見が得られると、Tjalfiellaの祖先は、フウセンクラゲ幼生を得た、というよりは、既に体内生殖が可能な成体が継続する(ただし形態変化あり)個体発生自体を雑種交配で獲得した、という理解になるだろうか。ただし、同じくクシヒラムシ目に属するクラゲムシ(Vallicula)では、この小サイズでの生殖は確認されていないのだという。果たして、Tjalfiellaには個体発生の外観のみが伝わったのだろうか、それとも、この小サイズでの生殖を担当する遺伝子を持っているが発現していない状態なのだろうか、それとも、実際に行われており単に確認できていないだけなのだろうか。


使用文献

Ctenophores are direct developers that reproduce continuously beginning very early after hatching Allison Edgar他著 PNAS 2022 Vol.119 No.18


参考文献

The Origins of Larvae Donald I Williamson著KULWER ACADEMIC PUBLISHES 2003年

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