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第4章:その他の無脊椎動物の幼生転移

<トロコフォア幼生-動物門の垣根を越えた幼生転移>

無脊椎動物では、卵型をしたトロコフォア幼生の時期を過ごす動物が多く見られる。いずれも、トロコフォア幼生の時期は非常に形が似ており、初見の人には見分けがつかない。以下に、トロコフォア幼生の区分と今回説明する動物、その幼生の名前を列挙する。


区分         動物          幼生

トロコフォア幼生

        環形動物多毛類     トロコフォア→ネクトケータ

        ユムシ動物       トロコフォア

        星口動物        トロコフォア→ぺラゴスフェラ

        軟体動物        トロコフォア→ヴェリジャー

トロコフォア型幼生

        扁形動物多岐腸類    ミュラー(イイジマヒラムシはゲッテ)

        紐形動物        ピリディウム

        外肛動物苔虫類     キノフォーテス


<ゴカイとトロコフォア幼生>

環形動物多毛類では、釣りの餌として使われるゴカイがよく知られている。ミミズは貧毛類、ヒルはヒル綱に属する。丸い形をしたトロコフォア幼生の後端から、肛門の左右にある中胚葉母細胞の分裂により体節が伸長して胴体が作られていくが、このときに幼生にしかない組織(中枢神経節、口、中腸、原腎管)は消失する。神経を始めとする外胚葉組織は、この変態過程で新たに作られる。つまり、幼生にしかない組織と成体にしかない組織が主導権を占める時期が発生過程で明確に分けられている。つまり、トロコフォア幼生も、甲殻類や棘皮動物と同じように、別の生物から幼生転移によって得られたものであり、組織の存在する時期が明確に分けられているのは、その証拠であると考える。トロコフォア幼生の発生が進むと、3対の剛毛束を備えた、種ごとに形態の多様なネクトケータ幼生になる。これが更に成長して成体になる。

多毛類の幼生転移の証拠となる幼生組織の消失を短時間で観察できるゴカイに、チマキゴカイOweniaが挙げられる。トロコフォア幼生の後端から30秒以内に胴体が伸長し、15分以内で幼生組織が消失し、スマートな形をした若虫となる。


<ユムシとトロコフォア幼生>

ユムシ動物はトロコフォア幼生を多毛類から獲得したと考えるが、変態のときに体節を消失するという、多毛類にはない現象が見られる。おそらく、体節を作る遺伝子が変態の進行に伴って抑制されていくのであろうが、この仕組みは、多毛類とは別の動物から獲得したものと考える。


<ホシムシとトロコフォア幼生>

星口動物は、触手が口を囲んで星状に配置している。多毛類と同じく、変態過程で幼生組織の消失が見られる。トロコフォア幼生は多毛類より得たものと考えるが、これに続くぺラゴスフェラ幼生は、前述のような交配が単一または複数回行われたことで確立されたと考える。このぺラゴスフェラ幼生が次第に体長を増し、海底に沈んで若虫に変わる。


<軟体動物のトロコフォア幼生>

軟体動物のトロコフォア幼生は、多毛類より獲得したものと考える。この幼生の口前絨毛環が面盤という薄い膜となって突出し、ヴェリジャー幼生となる。この幼生で、貝殻等の成体組織が新しく作られる。このヴェリジャー幼生自体は、独自に持っていたものと考える。貝殻の成長と共に面盤は退化し、海底に沈んで変態し、成体となる。

ミスジタニシViviparus viviparusは遊泳する幼生の時期のない直接発生の形式で発生するが、腸体腔を持つ後口動物の発生パターンで胚発生を進行する。この胚発生の様式は、棘皮動物または半索動物より幼生転移で得たものと考える。


<ウズムシとミュラー幼生>

扁形動物多岐腸類では、海中・淡水中に生息するウズムシが挙げられる。条虫等の寄生虫も綱は異なるが、同じ扁形動物に属する。幼生の体内にある胃の周囲で、稚体が成長し、幼生の腸と外胚葉板のみ稚体の体内に残され、それ以外の幼生の組織は吸収される。変態過程は棘皮動物のものと同じであり、幼生転移によってミュラー幼生を獲得したものであることを強く示唆している。


<ヒモムシとピリディウム幼生>

紐形動物では、ヒモムシがよく知られている。再生力が強く、大きいものは全長20cm以上にもなる。生きた動物に蛇のように絡まって捕食する。棘皮動物の変態と同じように、ピリディウム幼生の体内で消化管を囲む部分だけが外胚葉に包まれて成長し、幼生を吸収して稚虫となり、稚虫は更に成長して成体になる。このトロコフォア幼生に近い形をしたピリディウム幼生は、幼生転移によって得られたものと考える。


<コケムシとキフォノーテス幼生>

苔虫動物は、個虫が集まって群体を形成して水中の岩や他生物の表面で生活している。キフォノーテス幼生の体内で稚体が成長し、幼生の体の大部分は変態のときに稚体に吸収される。この幼生がどこから獲得したものなのか、については不明である。だが、未分化な細胞群の小胞から発生するオリジナルの様式にトロコフォアもしくはキフォノーテス幼生の世代が挿入されて、現在の発生様式になってのではないかと考える。


<幼生転移の可能性-二つの証拠->

以上、幼生転移を示唆する証拠を踏まえて各動物の幼生を見てきたが、これらの動物では、

・ トロコフォア幼生を過ごす動物:組織レベルで、幼生専門の組織と成体専門の組織との間に境界線が引かれている。幼生転移で得られたと考えるトロコフォア幼生が、ネクトケータ幼生やぺラゴスフェラ幼生等の幼生よりも、早い発生時期に出現する。

・ トロコフォアに近い幼生を過ごす動物:棘皮動物に見られた、幼生の体内で成体の体が成長し、幼生は栄養分として吸収される。

というような、幼生転移の可能性を示唆する共通点が見られた。


<トロコフォア幼生のルーツ-ワムシ->

博士は、トロコフォア幼生の源を輪形動物のワムシに求めた。ワムシは、寄生性の原生動物を除くと、大きさが動物界で最も小さい(雄:50μm,雌:300μm)。元々、トロコフォアは、袋形動物のワムシの成体と基本的な体制が似ているため、環形・軟体動物は共通の祖先を持ち、それは現在の袋形動物に近いものだったのではないか、と考えられている。実在するワムシとして、Trochospheraがあり、繊毛の位置・外観・内臓の配置などが多毛類のトロコフォア幼生に酷似している。このワムシは小柄であり形態的にも複雑ではないので、小さい卵で多数産卵する繁殖方式に適合し、多くの動物門に受け入れられたのではないかと考える。


<トロコフォア幼生のルーツ-ワムシから海産無脊椎動物へ->

幼形進化を遂げたトロコフォアの形のワムシが扁形動物多岐腸類の祖先と雑種形成し、後者にトロコフォア幼生の体を作る遺伝子が転移された。この多岐腸類の祖先から環形動物多毛類や軟体動物等に幼生の体を作る遺伝子が転移され、転移された後は、ダーウィン進化によって幼生の細かい形態等が変化して多様化に至ったと、博士は考えている。


<最初の後生動物>

多細胞動物の大元を考えると、これも雑種形成の様式が重視されるべきと考える。群生の原生動物の融合が繰り返し行われ、初期の二胚性の動物門が出来上がったと博士は考えている。それには、ボルボックスのような群生の原生動物のみならず、繊毛を持たない放散虫も一役買っていたと考える。


<胞胚とボルボックス>

胞胚とは、多細胞動物の初期発生において、卵割期に続いて原腸形成が開始されるまでの胚である。博士は、胞胚について、原生動物のボルボックス目から受け渡されて獲得した形ではないか、と考えている。どちらも球形で、内部に中空が存在する点で、非常によく似ている。実際、有櫛動物(クシクラゲ)、扁形動物多岐腸類(ウズムシ)、袋形動物(ワムシ)は胞胚の時期がなく、続く発生過程と比較しても必須とは思われないので、胞胚という初期発生の一過程も、一種の“幼生”と考えると、次に続く原腸胚は、嚢胚期に至るまでの“変態”時期とも見て取れる。


<ヒドロ虫とヒドロクラゲ>

ヒドロクラゲは、刺胞動物ヒドロ虫綱のクラゲ型である。受精卵が発生してプラヌラ幼生を経た後に固着性のポリプになるが、これが群体を作って成長すると、生殖の役割を担うポリプからポリプ花が出芽する。これが遊離して、ヒドロクラゲが生まれる。ヒドロクラゲには性があり、有性生殖によって子孫を残す。

博士は、このヒドロクラゲが、ポリプ形で一生を過ごすヒドロ虫とクラゲ形で一生を過ごすヒドロ虫との交配によって生まれた雑種で、クラゲ形で一生を過ごすヒドロ虫がポリプを作る遺伝子が獲得されたのでは、と考えている。どちらとも、現存するヒドロ虫に見られる生活史である。また、同じヒドロクラゲでも、形の著しく異なるポリプの時期を過ごすものが知られていることから、ヒドロクラゲのポリプの獲得はあり得ると考える。


<鉢虫および有櫛動物>

鉢虫はスキフィストマ幼生を同じ動物門の他種との雑種交配で、成体の形態を幼生として手に入れ、これが他種のクラゲにも伝搬されたと考えられている。しかし、オキクラゲ属Pelagiaというベルの形状をした種には伝わらなかったと考えられている。

一方、有櫛動物では、フウセンクラゲ幼生が広まった。複数のパイプをゼラチンに刺したようなTjalfiellaという種(幼生世代を持たず、体内で子供が育つ)が雑種交配でフウセンクラゲを獲得したと考えられている。


<芋虫型幼虫とカギムシ>

芋虫型幼虫は、ぶよぶよして細長いイモムシの形をした幼虫である。はっきりとした体節を有し、腹脚を持つ。活動は不活発で、食物の近くで生活する。チョウ目、シリアゲムシ目、ハチ目ハバチ亜目を始め、細長い円筒形の胴体に、数多くの発達した腹脚の付いた昆虫類で見られる。この幼虫は、蛹の時期を経て、翅を胸部より生やし、全身がクチクラの殻で覆われた成体になる(このような変態の仕方を完全変態という)。

このイモムシとよく似た形をしているのが有爪動物カギムシ綱である。昆虫のように明瞭な体節はないが、一対の触角、一対の大顎、脱皮での成長といった節足動物の特徴と、排泄器官として腎管を持つといったミミズ等の環形動物に見られる特徴を持ち合わせている。博士は、このどちらの動物門にも属さない不安定な地位にある有爪動物に、芋虫型幼虫の源を求めた。博士は、現在イモムシとして幼生の時期を過ごす昆虫は,カギムシPeripatusの現存しない種から,幼生転移によって芋虫型幼虫を獲得したのでは、と考えている。


<シミ形幼虫とコムシ>

シミ形幼虫は、3対の胸脚と尾毛を持つ、シミに似た細い体型の幼虫である。芋虫型幼虫とは異なり、活発に活動する。コウチュウ目、ネジレバエ目、アミメカゲロウ目等数多くの昆虫に見られる。成体のミニチュアではないが、脱皮を繰り返して成体になっていく変態の様式をとる(このような変態の仕方を不完全変態という)。

博士は、このシミ形幼生の源を、コムシ目に見出した。コムシは、起こした石の下に見られる、単眼も複眼もない白い体色の昆虫である。シミ形幼虫を持つ昆虫は、幼生転移によって、このコムシからシミ形幼虫を獲得したものと考える。それぞれの昆虫で幼虫の形が異なるのは、環境に適応する必要に迫られて遺伝子の変異が蓄積され、その結果形が変化したためと考える。


<ホヤのオタマジャクシ幼生とオタマボヤ>

ホヤを始めとする尾索動物は、ホヤのようにごつごつとした体形をして一ヶ所に固着して生活するものや、ウミタルやサルパのように遊泳して生活するものがいるが、その幼生は、一般的にはカエルのオタマジャクシのような形をして、遊泳生活を営む。

ホヤ綱では全般的にオタマジャクシ幼生が見られ、タリア綱ではウミタル目ではオタマジャクシ幼生は見られるが、サルパ目とヒカリボヤ亜綱では見られない。また、一生をオタマジャクシ型のままで過ごすオタマボヤ綱というのがある。

博士は、オタマジャクシ幼生の源を、このオタマボヤに求めた。オタマジャクシ幼生を作る遺伝子が、オタマボヤよりウミタル・ホヤに受け渡され、遊泳する幼生の時期を過ごすようになったのでは、と考えている。ホヤでは、岩石などに付着突起で着き、尾と尾索が体縮して体が90度回転する変態過程をとるが、この時期に幼生の神経と稚体の神経がお互いにオーバーラップして共存している。これは、幼生と稚体では神経系が独立して作られていることを示唆し、幼生転移の証拠になっていると考える。


<ウミタルで見つかった幼生転移の証拠>

また、博士が2001年に発表した論文では、ウミタルの一種Doliolum mulleri では、オタマジャクシ幼生の体内で二次幼生や成体が作られていることを示すスケッチが掲載されている。幼生転移の可能性を示唆する証拠といえよう。また、ウミタルには尾索類の18SrRNAが含まれており、オタマジャクシ幼生の転移を示す有効な証拠となっている。つまり、ウミタルは幼生獲得後、これを抑制する生理的機構を経験していると考える。


使用文献

Larvae and Evolution Donald I Williamson著CHAPMAN&HALL 1992年

The Origins of Larvae Donald I Williamson著KULWER ACADEMIC PUBLISHES 2003年

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