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京極夏彦「姑獲鳥の夏」を再読して

読む隕石。

京極夏彦の代表作である百鬼夜行シリーズの文庫新カバー版が出た時の帯コピーだ。同シリーズ一作目で、氏のデビュー作でもある姑獲鳥の夏を読み返す機会があり、その時にこのコピーをふと思い出した。

同シリーズは妖怪を題材としたミステリ小説なのだが、どれもページ数が非常に多く、科学や民俗学、宗教などの知識がふんだんに散りばめられているため、隕石とはその情報量の多さの比喩だと考えていた。
しかし再読して気づいたのは、読むことで読者の身に起こる衝撃こそが隕石たる所以であり、このシリーズの魅力、面白さなのだと。

姑獲鳥の夏は、探偵役である中禅寺秋彦と、いわゆるワトソン役である関口巽の対話から始まる。
そこでは意識や心とは一体何なのかということが、心理学、哲学、民俗学、量子力学などを引用した上で極めて明快に提示される。
この段階では事件のじの字も出ておらず、物語上必ずしも必要なパートではないのだが、読者はここで意識や心の仕組み、人が不思議を感じとる理論についての共通認識を得る。

そうして語られる事件の詳細がまた独特だ。

ある医院の娘が二十ヶ月身ごもり続けている。
そしてその夫は密室から突然消えた。

ミステリ小説らしい奇抜な設定であり、実際にはあり得ない内容だ。
だが、奇妙なリアリティを持つ描写は読者の中に不思議な出来事が起こったのだという固定観念を築き上げていく。

最後には探偵役である中禅寺秋彦によって謎解きが行われる。
そして、そこで読者が築いた固定観念は、まさしく隕石の衝突の如く、粉々に叩き潰される

突飛で賛否あるだろう真相も、前段の共通認識のおかげで強い説得力を持ち、多様な観点から語られる理論により言説に隙がない。

丁寧に言葉を重ねて語られる物語は気軽に読むには少々長過ぎる。
だが、読み進めることによって受ける衝撃には爽快感すら感じるのではないだろうか。

読む機会があれば、是非。

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