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090 ぜいたくな時間

何年も前から、お手本にしたいな、と思っている人がいます。
それは、図書館にお勤めしていたころに出会った女性の職員さん。
なにをお手本にしたいかと言うと、しぐさです。

その職員さんは、どれほどいそがしくても、そして(おそらく)急いでいるときも、丁寧に見える素敵な立ち振る舞いをされるのです。席の立ち方、座り方。物の持ち方。大学を卒業したばかりの私は、素直に「素敵なひとだな」と思いました。
ゆったりとしていながらも無駄な動きがないので、結果的に早い対応ができています。

この方に
「しぐさや立ち振る舞いがきれいですね。」
とお伝えしたことがあります。その方は少しはにかんで
「ありがとう」
とおっしゃいました。それがまたかわいらしくて、二十ほど歳上の方でしたが、こういう人になりたい、と思いました。そこで
「しぐさをきれいにする秘訣はありますか」
と伺ってみました。すると、職員さんは短い時間考えて、
「茶道を習うといいですよ」
と教えてくださいました。
茶道。たしかに動作ひとつひとつが磨かれそうな気がします。お抹茶も甘いものも大好きです。しかし、ちょっと敷居が高いような気がするなぁ…と思っていたら、それを見透かされたように(当時は今以上に顔面から感情を放出していました)、
「習うのがむずかしければ、日々のお茶を丁寧にいれてみるのはどう?」
と言ってくださいました。
「型とか作法とか、そういうのを学んでいくのも素敵だけどね。モノを大切にしよう、一秒一秒の時間を大切にしよう、お茶をお出しする相手を大切にしよう、と思って行動するだけでも変わると思うわよ。毎日はできなくても、気づいた時に実践していけば、のちのち身についていくと思うな」
と。なるほど。心のもちかたから変えていくのですね。
しかし、モノや時間を大切にするとは。大切にしているつもりなんだけどな。
とりあえず、丁寧さを心がけてみよう、と思いました。

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早速その日の夜、ハーブティーをいれてみました。
食器をきちんとあたためて、砂時計も優しく持ちます。
お湯を入れる時間、茶葉がふくらむのを待つ時間、それぞれひとつの動作に集中して行ってみました。すると、いつもは目に入らない指先や足元が気になりました。そっと揃えると、しゃんとした気持ちに。動きひとつに集中するのは、意外と普段していないんだということに気づきました。なんだかんだで、ながら行動が多く、雑な動きになっていたのかもしれません。

できあがったハーブティーは、いつもよりも馥郁たる香り。味もどこかまろやかでおいしく感じました。ハーブティーを飲み終えるころには、心も体もほかほかと満たされていました。

それからというものの、日々の中で気づいたときにひとつの動作に集中することを意識してみました。忙しいときはなかなかできないけれど、半歩ずつでも変われたらいいな、と思います。

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それから数年経って、先日。
知人が家に遊びに来てくれました。久しぶりの再会ですし、彼は海外での仕事を終えたあとなので話したいことだらけ。お土産にチョコレートを持ってきてくれたので、知人用にコーヒーをいれることにしました。

私はコーヒーが飲めないので、味にはまったく詳しくないのですが「おいしくいれられるといいな」と思いながら、とぽとぽとお湯を注ぎました。細いお湯の線は湯気をたてながら落ちて、コーヒーの粉をふっくらとふくらまします。途端に香ばしい香りがおだやかに、でもはっきりと立ち込めて、部屋を覆いました。

その時、知人がこう言いました。
「ぜいたくな時間だなぁ」
私はコーヒーの粉をむらしながら
「ぜいたく?」
と訊きました。
「今、コーヒーのためだけに使っている時間がなんだかぜいたくだと感じたよ」
彼はそう言ってくれました。
「それから、ふむさんはなにか変わったね。なにが変わったのかよくわからないけれど、いい感じに変わったね」
くすぐったいようなうれしい気持ちがわきあがります。
モノと時間と相手を大切に思うこと。いつの間にか少しずつ、自然に思えるようになってきたのかもしれません。
きれいなしぐさはまだまだできていないかもしれませんが、数年前に教えていただいたことが、前よりもわかったような気がします。

き美しい動作は心から。
そして、そのしぐさは、ぜいたくな時間を生み出しているのかもしれません。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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