見出し画像

纏向遺跡の三輪山眺望ポイント5選+1

纏向学[まきむくがく]研究センター(奈良県桜井市)の論文集『纏向学の最前線』の中から、僕が印象に残った論文を紹介するシリーズ。

今回のテーマは三輪山[みわやま]です。トップ写真の真ん中の山になります。

論文:三輪山の山景を生かした散策の企画

筆者:来村[きたむら]多加史氏(阪南大学国際観光学部教授)

この論文は奈良県の纏向遺跡の徒歩観光コースの提案です。三輪山の眺望ポイント5ヶ所から様々な山景を楽しめるガイドとなっています。眺望ポイントをGoogle Mapに落とし込んでみました。

『纏向学の最前線』「三輪山の山景を生かした散策の企画」(来村多加史、2022年8月)より作成

以下は長くなりますが、論文からの引用です(順番は入れ替えてあります)。

・三輪山は…標高466.9m…古代より崇拝されてきた。神話では、大物主[おおものぬし]大神が座すと伝えられ…る
・筆者は…「奈良まほろばソムリエ検定」の…案内役を務めてきた。その経験から、客(受講者)がどのような企画に惹かれ、どのような風景に感動するかを心得ている
・本稿で提示するルートは…約7.5kmのコースをとる
・集合場所はJR桜井線の三輪駅であり、昼過ぎから出発して、夕方までに巻向[まきむく]駅へ到着して解散する
・共通項は大物主大神であり、神が座す三輪山である。…この散策コースを案内する場合は、常に三輪山を意識させ、ときおり足を止めて山景を眺めさせるのがよい

『纏向学の最前線』「三輪山の山景を生かした散策の企画」(来村多加史、2022年8月)

①大美和の杜展望台
・大和三山を一望できる観光スポットであるが、それらを眺めたあと、振り返ると、三輪山の山体が間近に迫り、感動を覚える
②茅原[ちはら]集落南側
・三輪山に背を向け…ているのだが、そこであえて立ち止まらせ、視線を三輪山に向けさせる。この誘導は必ず成功し、客は思わず声をあげ、写真を撮る。意識せずに歩いていては、見逃してしまう
③井寺[いでら]池西堤
・風景の中では三輪山と箸墓古墳が糸で結ばれたように連帯している様が感じられる。箸墓伝説…を想起させる
④纏向川扇状地
⑤箸墓大池北西土手
・箸墓古墳の丸い森が山景と調和し、両者の連帯を感じる。もっとも、築造当初の箸墓古墳は幾何学的な外観を見せ、三輪山も今ほどには樹木に覆われていなかった

同上

・客を満足させる案内は基盤と演出の2層…(安全・安心・快適の)基盤も作らず、上層の演出だけを意識していては、職業としてのガイドは務まらない
・演出は…「発見」「体験」「臨場」「共感」「納得」
発見とは、「期待したものを見つける発見」と「予期せぬ発見」に分かれる。…ガイドは…客の求めるものを外さないように案内する必要がある。一方、予期せぬ発見はプラスの評価につながり…ガイドの知識や観察眼が試される。第2地点から見る三輪山の姿など…
体験とは…客に何らかの行動を促すことである
臨場とは、現地に来た意義を改めて認識させることである
共感とは、客とガイドが感動を一にすることである。そのためには、下見において、ガイドが感動しなければならない
納得とは…企画を通じてひとつの主題を設けるか、一編の物語を作り、それを…解き明かすような仕掛けが必要である。いわば最も高度な演出である。…このコースでは、三輪山信仰を話題として、神と人のつながりを意識してきた古代人の心を感じることをテーマとしている
・観光学はいまだ発展途上の初期段階にある
・風景や景観が人の心を動かすメカニズムを追求する研究を観光学の一分野にしてはどうかと提案する

同上

現地を訪ねる意義:風景や景観への感動

来村さんの理論と経験に裏打ちされた、優れたガイドです。特に「発見」「体験」「臨場」「共感」「納得」の演出はどれも共感します。「風景や景観が人の心を動かす」というのは、現地でなければできない感動体験だと思います。

僕は遺跡・古墳・博物館めぐりをする時は個人で行動します。ガイドもお願いせず、まずは1人で回りたいタイプです。ガイドの語る蘊蓄[うんちく]は疑問に思ってしまうことがあるからです(ごめんなさい)。関西の博物館では「箸墓古墳は3世紀中頃」という解説が多いようですが、その根拠はどれも不十分だと思っています。

箸墓古墳の実年代:歴博の炭素14年代測定(22/10/26)https://note.com/fumitaka_urano/n/n65e92c77d14f

蘊蓄は書籍や論文で読めばいいわけです。

一方で、来村さんの述べる「風景や景観が人の心を動かす」というのは現地でなければ絶対に得られません。箸墓古墳が古代史において重要だと頭で知っているだけでは、古代史の研究はできません。僕は実際に箸墓古墳を見て、その美しさに感動したから、今こうやって古代史を勉強しています。

風景や景観は現地に何度も通っている人だからこそ知っていることが多いです。僕は千葉市昭和の森公園に毎日のように通っています。野生のイノシシに出会いやすい場所とか(出会いたくないですか?)、アライグマの足跡のある場所や時間がわかります。

同じように、纏向遺跡の風景や景観に感動できる場所や時間の情報は、やはり現地に精通したガイドでなければわからないと思います。纏向遺跡に午前中に行っても、三輪山も箸墓古墳も逆光できれいに見られません。来村さんは午後のスタートを提案しています。

逆に言うと、現地のガイドさんには風景や景観の眺望ポイントや一番いい時間こそ、自分の足で稼いでノウハウを蓄積してほしいです。

来村さんはそんな現地ガイドのマル秘情報を惜しげもなく公開してくれました。感謝です。今度、纏向遺跡に行ったときは、来村さんの提案コースをめぐって、古代人に思いをはせたいと思います。

額田王歌碑と渋谷向山古墳

恥ずかしながら、僕は纏向遺跡には1回しか行ったことがありません。その時はどれが三輪山なのかがわからず、念のため、地元の方に確認したことを覚えています(見当をつけた山で間違いありませんでした)。

来村さんの選んだポイントはどこも行ったことがありません。箸墓古墳は1周しましたが、三輪山を望むという発想がありませんでした…。

三輪山の眺望ポイントして、ネットなどでもよく見かけるのは、渋谷向山[しぶたにむかいやま]古墳近くの額田王[ぬかたのおおきみ]歌碑ですね。天智天皇とともに近江に向かう額田王が、最後に「もっと三輪山を見続けていたいのに、つれなく雲が隠している」と歌った場所とされています。

額田王歌碑から望む三輪山(2020年10月30日撮影)

奈良県県民だより「万葉集を訪ねて」第5回(2012年2月号)http://www.pref.nara.jp/koho/kenmindayori/tayori/t2012/tayori2402/manyou2402.htm

来村さんのポイントからは離れていて、少し距離が延びるので、来村さんは含めなかったのでしょう(有名すぎるし)。

僕は箸墓古墳は女性的、渋谷向山古墳は男性的だと思っています。三輪山からの距離が箸墓古墳と渋谷向山古墳は同じぐらいで、二等辺三角形をつくっているのも意味ありげです。南から逆光にならずに見られますし、渋谷向山古墳もお勧めです。もちろん、体力に自信のある人は行燈山[あんどんやま]古墳、黒塚古墳、西殿塚[にしとのづか]古墳などに足を伸ばしてもいいと思います。

ちなみにトップ写真の三輪山は、東田[ひがいだ]大塚古墳の周辺から撮ったものです。東田大塚古墳は「箸墓の実年代:歴博の炭素14年代測定」の記事でも触れています(東田大塚古墳がGoogle Mapに掲載されていなかったので追加を申請したところ、10分で承認されました)。

そんなことを書いていると、早くまた纏向遺跡を訪ねてみたくなりました。

#纏向学の最前線 #三輪山 #纏向遺跡 #箸墓古墳 #渋谷向山古墳 #額田王 #観光 #観光ガイド #風景 #景観 #古代史 #弥生時代 #古墳時代

(追記2023/3/3)

僕が入院中の2023/1/20に『纏向学の最前線』がPDFで公開されました。編集部に感謝します。

来村さんの論文は分割版3(p769-776)となっています。

https://www.city.sakurai.lg.jp/material/files/group/54/10thcontents_3.pdf

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?