宇多田ヒカルのwait&seeは、何を待ってほしいのか。

宇多田ヒカルは18歳のころ、wait&seeでこう歌った。
「変えられないものを受入れる力、そして受けいれられないものを変える力」がほしい。
変えられない。受入れられない。でも飲みこまないといけない。そうじゃないと前に進めない。
苦しい、行きたい、行かないと。
この曲の旋律は、じりじりと息苦しいまでの、焦燥感にみちている。
wait&seeというタイトルも、「待って」といっている。
ちょっとだけ待って、ねえ待って、もう少しわかってくれたらきっと、もっといい展開があるから。
待って、まだ行かないで。
この曲のプロモーションビデオも、肌がちりちりするような焦げつく思いを演出している。
うす暗い近未来の大都会で、宇多田ヒカルが、滑空するメカニカルを、全力で飛ばしている。
灰色の街並みに、彼女の服だけが、鮮烈に赤い。
曇天の下で、彼女だけがあざやかだった。
宇多田ヒカルはゴーグルをとり、晴れない空を眺める。
息をひとつ吐く。
何を、待ってほしいのだろう。
何から、逃げないでほしいんだろう。

この曲のほんとうタイトルは、「リスク」だったらしい。
当時、公式サイトで本人がブログに記していた。
「宇多田ヒカル リスク」という文字のならびがわかりにくいから、リスクは副題にした、と書いてあった。
この曲のテーマは、リスクだったのかもしれない。
wait&seeではなく。
リスクから逃げたいのだろうか。

ニーバーの祈りというものがある。
19世紀の神学者ラインホルド・ニーバーの考案したらしい、祈りのことばである。
これを聞いたとき、wait&seeが脳内で流れだした。
wait&seeに出典があったのだと、はじめて知ったのだった。
ニーバーの祈りは、こうはじまる。

変えることのできないものを、静かにうけいれる力を、
変えなければいけないものを、変える勇気を、
そしてそのふたつを、区別する智慧を、神よ、与え給え。
God, give us grace to accept with serenity
the things that cannot be changed,
Courage to change the things
which should be changed,
and the Wisdom to distinguish
the one from the other.

宇多田ヒカルの歌詞は、隣接する行がつながっていないことが、とてもよくある。
曲の歌詞を分解して並べかえると、こうなる(気がする)。

決めつけるのは早すぎる。
どうしても迷ってしまう。
リスクがつきものだから。
痛いのはいやだから。
おそれないことは無理。

でもちょっと待って、ねえ待って。
リスクがあるからこそ、戦うほどに強くなる。
だったらリスクは、そんなに悪くはない。

彼女の著書『点と線』に、こんな一節があった。

「諦め」という屍を苗床に、「願い」と「祈り」という雑草が、どんどん私の心を覆い尽くしていった。
絶望が深くなればなるほど、この雑草もたくましさを増すようで、摘んでも摘んでもまた生えてくる、やっかいなものだった。
でも「願うこと」「祈ること」は、「求めること」と決定的に違う。(略)
それに、願いと祈りをなくしたら私になにが残るだろう。
人ではいられないだろう。

あきらめないということは、願いと祈りにつながる。
このふたつには、リスクがつきまとう。
それでも、願わずにはいられない。祈らずにはいられない。
だって、そうしないことは、彼女を人でいられなくさせるのだ。
リスクをとるほかないのだ。

ひきつづき、『点と線』から。

たどり着いた結論は「疑いはいつまでも残り、だから信用することに意味がある」ってこと。
疑いがなくて、誰でも信用することが普通だったら意味はない。
そこに疑いがあるから、私は人を信じるんだろうなって。
だから、疑念とか疑問とかを持つのは悪いことだけではないと思う。なぜなら、疑いは、人を特別に信用することを可能にさせるから。

だから彼女は、待ってほしいと歌う。
占いなんて信じないで。
決めつけないで。
リスクから逃げないで。
変えられるもの、変えられないもの、それを見極めるちからはない。
どうやったってついてまわる。
疑いは、いつまでも残る。
でも、待ってほしい。
結論をださないで、もう少しだけ待って。

リスクは、疑いは、人を特別に信用することを、可能にさせるから。
だから待って。
私はあなたを特別に信じたい。
リスクを超えた先に。



▼このジャケットもものすごく好き。かわいい。前下がりのショート似合ってる。

▼タイトルと名前は本人の直筆。

▼宇多田ヒカルは無限に聞いた。


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