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古賀史健

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古賀史健の note、2018年以降のぜんぶです。それ以前のものは、まとめ損ねました。
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2020年11月の記事一覧

わたしと犬の「ぱ行」のことば。

わたしと犬の「ぱ行」のことば。

これまでの人生のなかで、何度おしっこをしてきたのだろうか。

子どものころはその欲求を、ただ「おしっこしたい」という直接的なことばで言い表してきた。けれどもいつしか「尿意」なることばを憶える。うんこちんちん的な原則からいうと、尿よりも「おしっこ」のほうがおもしろい。しかし「尿意」ということば、その音の響きがなんともおかしくて、また「尿意、どん!」などの汎用性もあって、ぼくはすっかり尿意のとりこにな

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ひさしぶりに見た、あの夢の話。

ひさしぶりに見た、あの夢の話。

これは、ぼくがバカボン大学生だったからなのか。

30代に入ってもしばらく、つまり大学を卒業してから10年ほどのあいだ、何度となく同じ夢を見ていた。「卒業式に向かおうと準備していたら、取っているつもりの単位を取り損ねていたことを知り、留年が決定してしまう」という夢だ。「絶望」というほどではないにせよ、踏みしめていた床が抜けてしまうあの感じは、何度味わってもイヤなものだった。そして目が覚めるたび、「

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ぼくらのヒーロー、みんなのヒーロー。

ぼくらのヒーロー、みんなのヒーロー。

イチロー選手のプレーを観るのが好きだった。

みんなが鈍重な鎧兜を身につけてドタドタ走りまわるなか、たったひとりの忍者としてプレーするのが、イチロー選手だった。同じフィールドで、同じユニフォームを着て、同じルールのもとで闘っていながら、彼だけは違う競技に身を置いているように映った。あれだけの選手のデビューから引退までをオンタイムで追いかけることができて、ほんとうに幸せだったと思っている。

他の競

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カキフライを待つあいだに。

カキフライを待つあいだに。

たとえば夏がやってくる。

食堂の壁や窓ガラスに「冷やし中華はじめました」の張り紙が掲げられる。食べることをしなくても、「ああ、夏がきたのだな。もうそんな季節になったのだな」と知らされ、すこしうれしくなる。夏の暑さが苦手な人であってもたぶん、すこしうれしくなる。季節の変化に気づくこと、思いがけずそれを知ることは誰にとっても、うれしいものなのだと思う。

もうそんな季節になったのか、を知らせてくれる

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妄想のサイズはことばで決まる。

妄想のサイズはことばで決まる。

池波正太郎に『男の作法』という本がある。

『鬼平犯科帳』や『剣客商売』のシリーズで人気を博し、食通としても知られる彼の、粋人かくあるべし的なエッセイだ。そのなかで彼は、「うどん」についてこう述べている。

 大阪のほうの人がよく書いているじゃない。
 「東京のうどんなんか食えない……」って。
 ああいうのがばかの骨頂というんですよ。なんにも知らないんですよ。確かに東京のうどんは、ぼくらでもまずい

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祝福すべき途上としての現在。

祝福すべき途上としての現在。

数日前に、脱稿した。

最後の最後と思える書きなおしを経て、ついに脱稿した。その原稿を編集者に送り、じっくり熟読してもらったあと、来週打ち合わせをする。原稿についての打ち合わせではなく、本のパッケージング、およびプロモーション案を話し合う。……という手筈が、数日前に整った。

で、ほんの出来心のように「もう一度、読み返してみようかな」と思った。来週まで時間もあることだし、ほかに急を要する仕事も(た

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台車を転がせ。

台車を転がせ。

うちのオフィスは、もともとマンションとして建てられた建物だ。

海外からの駐在員・長期滞在者向けに建てられたマンスリーマンションを、オフィス用に建物まるごとリノベーションしたものが、うちのオフィスらしい。むかし風に言うと雑居ビル。いま風に言うと……スタートアップ向けオフィスビルとか、そんな感じになるのだろう。

で、もともとマンションだったこともあり、1階の集合ポスト横には、宅配ボックスが置かれて

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果たされないままの約束。

果たされないままの約束。

「いろいろ落ち着いたら、飲みに行こうよ」

そんなふうに約束を交わしている友人が、何人もいる。落ち着くべき「いろいろ」とは大体の場合、仕事だ。いまはお互い忙しいけれど、ちょっとその余裕がないけれど、落ち着いたらきっと飲みに行こう。なにも考えず、くだらない馬鹿話に花を咲かせよう。そんな約束だ。

今年の場合はそこに、コロナという変数が加わっている。落ち着くべき「いろいろ」の筆頭近くに、感染症の蔓延が

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引越のたのしさ、とは。

引越のたのしさ、とは。

きのう、神田に引っ越したばかりのほぼ日さんに行ってきた。

なんの用もなく、おめでとうございますの挨拶を兼ねて、ただ行ってきた。初日なのでもっとドタバタした姿を想像していたのだけれど、いくつかの会議室ではさっそくまじめな打ち合わせがおこなわれていたり、おおきなディスプレイに向かって作業するデザイン部やシステム部の方々もいたり、当たり前にもう、お仕事がはじまっていた。

とはいえ、カフェっぽくなった

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軽井沢とか、じゃなくってさ。

軽井沢とか、じゃなくってさ。

軽井沢とかに住んでみたい。

20代のころも、30代のころも、40代に突入してもなお、まるで理解のできなかった別荘地ライフに最近、ちょっと興味が出てきている。ちなみに言うと、いわゆる「田舎暮らし」にあこがれる気持ちは、いまもさらさらない。長らく田舎で育った人間として、田舎の不便さ・暮らしづらさは、うんざりするほどよく知っている。正真正銘の田舎ではなく、いい店やおいしい店が点在しつつも自然ゆたかな別

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脱稿ということばの意味について。

脱稿ということばの意味について。

深い考えもなしに、脱稿ということばを使っている。

原稿を書き上げることを指して、辞典でその意味を確かめぬまま、「脱稿した」と呼んでいる。国語辞典はいろんな種類があれど、なんだかんだとぼくがいちばん頼りにしているのは、国内最大級のヴォリュームを誇る「日本国語大辞典」(小学館)だ。先ほど気になって「脱稿」の項を調べてみた。

と、そこには「草稿ができあがること。原稿を書き終えること。」とある。

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『嫌われる勇気フェス』開催のおしらせ。

『嫌われる勇気フェス』開催のおしらせ。

7年前のお話を。

いまから7年前の12月12日(木曜日)。『嫌われる勇気』という本が発売になりました。ぼくにとっては10数年来の、渾身の企画、渾身の一冊でした。ああ、これが世のなかに出ていったら、世界はどうなっちゃうんだろう、おれはどうなっちゃうんだろう。そんな大それたことを考えていた覚えがあります。隠すことでもないと思うので言いますが、初版は8,000部でした。

そして翌週の、月曜日。あるい

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そういえば赤坂。おれの赤坂。

そういえば赤坂。おれの赤坂。

もの忘れの激しさは、ときに失礼を呼ぶ。

あれはいつのことだっただろうか。たしか30歳になる前くらいのころ、編集者のおじさんと一緒に、赤坂まで行く用事があった。用事の前だったか後だったか、おじさんは「赤坂に来たら、ここに行かなきゃ」みたいな感じで、天ぷら屋さんに連れて行ってくれた。ビルの二階の、狭苦しいお店だ。そこで食べたかきあげ丼は、人生ナンバーワンのうまさだった。あれほどにもおいしい天ぷら、か

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郵便ポストを考える。

郵便ポストを考える。

出さなきゃならん書類がある。

この場合の「出す」にはおおきく3つの種類がある。ひとつは PDF を添付するなどして電子メールを送信する、というもの。ふたつめは、ヤマトや佐川の宅配業者に電話をして、集荷にきてもらうもの。そして3つめが、おのれの足でてくてく近所の郵便ポストまで歩いていって、コトン、と投函するもの。当然ながら面倒臭さのハードルは、郵便ポストがいちばん高い。

そしてもう何週間も、仕事

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