古賀史健

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映画泥棒が出てくるとき。

4連休が明けたあとの火曜日である。

いったいこの4連休、自分はなにをしていたのだろうか。考えても考えてもたいした答えは浮かばない。映画を1日2本ずつ観て、あとは寝て、2時間の犬の散歩をしていただけである。ちなみに夜から朝方にかけてぼくが映画を観ている横で犬は、だいたいこんな恰好をしている。

映画といえば最近、つまらないなあ、と思うことがある。

たとえばこの週末、シャーリーズ・セロン主演の『モ

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毒を食らわばサラダで。
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昆虫採集する親子。

犬の散歩はぼくにとって、社会とのだいじな接点だ。

たとえばこの季節、犬の散歩でおおきな公園に行く。すると、虫取り網を握りしめた親子連れがたくさんいる。木々の一本一本に目を凝らし、「いたいた!」「ほら、こっち!」みたいなことを叫んでいる。子が親を呼ぶこともあれば、親が子を呼ぶこともある。むしろ親のほうが夢中になっていることもしばしばだ。

犬と暮らしはじめる以前、ぼくはこうした巨大な、緑豊かな公園

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鬼にカネボウ。
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なにもできなかった2か月間。

ほんとうに、それはほんとうなのだろうか。

いまのところの予定だと来週末、ぼくは去年の春からずっと書き続けてきた原稿の、第一稿を書き終えることになっている。最終章も折り返し地点に差しかかった。ここから最後の節まで、なにを書くかも決まっている。「はじめに」と「おわりに」の姿はまだ見えていないけれど、そのへんは推敲の段階でまた明らかになってくるだろう。

はじめての著書『20歳の自分に受けさせたい文章

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馬の耳に壇蜜。
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自分たちだけの約束ごと。

きのう、うちの犬が4歳の誕生日を迎えた。

生まれたときのことは知らない。うちにやってきたのは9月末のある日だ。「ああ、あれから4年も経ったんだねえ」なんてことは、正確にはまだ言えない。それでも、あんなにちいさかった犬の子どもが、すっかりふてぶてしいうちの子どもになっている。これからますます、うちの子どもになっていく。どうぶつと暮らすことは、ほんとうにいいものだと思う。

4年前を振り返っていま思

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馬の耳に壇蜜。
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たまにはクルマの話でも。

あまり書かない話をしよう。クルマの話だ。

大学を卒業してメガネ屋さんに就職したとき、ぼくはまっさきに軽自動車を買った。クルマが好きだったわけではない(だったら軽自動車にしていないだろう)。ただ、カーローンでも組んでみずからを縛らなければ、すぐに退職しちゃう自信があったのだ。せめてクルマのローンを払い終わるまでは、辞めずにいよう。がんばってみよう。そんな決意のあらわれとして、ぼくはスバルのヴィヴィ

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桃栗三年、カキうまいねん。
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『すべて忘れてしまうから』

たとえばきょうの東京みたいな、真夏の太陽の下。

白いTシャツを着て都心の大通りを歩く燃え殻さんの姿を、ぼくはうまくイメージすることができない。いつも黒っぽいコートやカーディガンを着込んだ燃え殻さんは、たとえ昼の時間帯に落ち合ってもすぐに薄暗い喫茶店へとこちらを誘い、レモンスカッシュみたいな飲みものを注文する。そして少しでも陽が落ちてくると個人経営の居酒屋に移動し、冷奴なんかをアテにしながらレモン

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壁に耳ありジョージとメアリー。
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万年筆と、大人になること。

万年筆について考える。

成人の日のお祝いに、あるいは高校や大学の入学祝いに。いまでは廃れているのかもしれないけれど、「ちっ。もっといいもの贈ってくれよ」くらいに顔をしかめられるのかもしれないけれど、かつて万年筆を贈る風習が確実にあった。大人になったしるしとして、一人前になるステップとして、万年筆が存在していたわけだ。

あれはどういう意味を込めた贈りものだったのだろう。最近、こんなふうに考えたら

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桃栗三年、カキうまいねん。
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納品するということは。

執筆中の本に書こうかと思ったけれど、まあ書くまでもない話だ。

ソーシャルメディアを見ていると、書き上げた原稿を編集者に渡す(送る)ことを「納品」と呼ぶライターさんが、割といる。【納品した】みたいな感じで彼らは書く。ぼくが使ったことのないことばだ。おそらく「納品」の語に仕事っぽさを感じての、あるいは職人的な落ち着きを意識してのセレクトなのだろう。あるいはまた、脱稿や入稿といった紙とインクの匂いが残

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郷に入ってはひろみに従え。
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もう少しのノイズキャンセリング生活。

フリーランス時代、自宅近くのワンルーム事務所で働いていたときのこと。

ぼくは仕事中、けっこうな大音量で音楽を流すことが多かった。音楽をかけていたら原稿に集中できない、という人もいる。ぼく自身も、そういうときはある。けれどもそれは「音楽のせいで原稿に集中できない」のではなく、「原稿に集中できていないせいで音楽が聞こえる」と言ったほうが(ぼくの場合は)正しい。実際、原稿に集中しはじめると、どんなに大

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武士は食わねど高橋ジョージ。
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満腹は、うれしくない。

何度も書いてきた話から、またはじめることにしよう。

二十代の一時期、ぼくはけっこうな赤貧を経験した。文字のとおりに「食えない」時期があった。からっぽの胃袋に無理やり水を流し込み、ひたすら横になった。眠ってしまえば空腹も忘れられる。睡眠は、最大にして最後の自衛策だった。

やがて金持ちではまったくないものの、たとえばラーメンにチャーシューを追加したり、煮卵付きの大盛りにしたりすることに躊躇しない程

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毒を食らわばサラダで。
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