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ものかきのおかしみと哀しみ

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すれ違った人たち
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#断片日記

蜘蛛の巣に住む

蜘蛛の巣に住む

毎朝、蜘蛛の巣から一日が始まる。いや、ファンタジーじゃなくリアルの話。

ここのところ、毎日、畑に行くための家の出入り口に蜘蛛の巣が張ってある。知らずに通ろうとして、毎日、蜘蛛の巣に顔が捕獲される。至近距離すぎてわからないのだ。

べつに蜘蛛は悪者じゃない。なんなら仲間だ。

畑の害虫(この表現もあれなのだけど)を捕まえてくれる益虫。なのだけど、僕を捕まえるのはやめてほしい。朝から蜘蛛の巣に突っ込

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静かなパーティーに行きたい

静かなパーティーに行きたい

税務署で開かれるパーティーほど喧噪に満ちたものはない。

何言ってるんだろうと思われるかもしれないけど、僕が今までに経験したパーティーの中でも断トツで上位に来る。

基本的に僕は騒音レベルの喧噪の中で、何か誰かと話したいとは思わないので、できるだけそういう場所には近寄らないようにしている。それでも、ときには仕方なく巻き込まれる。

そのとき思うのは「カクテルパーティー効果」だ。カオスのように騒がし

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呑みながら遅刻しました

呑みながら遅刻しました

人生なにがあるかなんてわからない。あたり前過ぎてヤギが一瞬、真顔でこっち見たけどまあそうなんだ。

noteの街で生まれた(というか発明された)楽しいお祭り、#呑みながら書きました も第7回。これまで第1回からずっとリアルタイムで参加してたのだけど、とうとう叶わなくなった。

おまけに後夜祭にすら間に合ってない。

それにはいろいろあって、そんなの完全に僕の個人的な事情なのでnoteに書いたって仕

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深夜の卵かけご飯

深夜の卵かけご飯

「つくって、卵かけご飯。早く!」

いきなり部屋をたずねてきた女は、そう言うなり自分のバッグをどさっとソファに投げ置いた。

映画でこういうシーン観たことある。突然、知らない女が部屋に転がり込んでくるのだ。そしてたいていの場合、ちょっと気怠くアバンギャルドな雰囲気をまとっている。

だけど、映画ではなく現実にということになると控えめに言ってもそれはただの奇妙で迷惑な出来事でしかない。

火曜日の夜

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3を買いに行く

3を買いに行く

「お客さん、すみませんね。売り切れなんです」

なんとなくそうだろうなとは薄っすら思っていた。そういうことがたまにある。たぶん「ない」とわかっていながら足を運んでみたり、ネットを探してみたり。

きょうもそうだった。

ないだろうなと思いながら、べつに期待するのでもなく、むしろ「ない」ことを確かめるぐらいのつもりで店に入ったら、店主にすげなく言われた。

「あ、大丈夫です」

僕はちょこんと頭を下

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見覚えのある顔

見覚えのある顔

何かを突きつけられるときってある。いまがそうなんだけど。

誰かが正面から歩いてこっちに向かってくるのを見てる。男の顔に見覚えがある。だけど同時に、こうも感じる。

見覚えがあるだけで、本当に自分に向かってきているのだろうか。わからない。

とうとう男は僕の前で立ち止まる。

男は何もしゃべらない。ただじっと自分の前で立っている。瞬きもせずに。立ちはだかるという感じでもない。自分が避ければ男は、そ

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フライパンで靴が焼ける少女

フライパンで靴が焼ける少女

謎の一言メモが発掘された。

あれこれ錯綜して時間が溶けだすとこういう事案が多発する。本人も意味がわからない。本当に自分が書いたメモなのか疑惑すら湧く。

《フライパンで靴が焼ける》

そりゃ、フライパンで靴を焼こうと思えば焼けるだろう。良い子はまねしないほうがいいけど。いや、そういうことじゃない。

いくらなんでも僕だってフライパンで靴を焼いたりはしないし、その必要性もメリットもない。だとしたら

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エレベーターボーイ

エレベーターボーイ

エレベーターに乗って1週間が過ぎた。

またおかしなこと言ってると思われるかもしれない。何の比喩、あるいはメタファーなのかと。

そうじゃない、ただふつうに上昇するエレベーターで過ごしている。

このnoteだってエレベーターの中で書いている。もちろん、最初からではない。誰も好き好んでエレベーターで一日過ごしたい人はいないと思う。たぶん。

例の禍が少しだけ薄まって、久しぶりにあるクライアントのオ

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中野ブロードウェイで牛肉を

中野ブロードウェイで牛肉を

朝、歯を磨きながら、ふと思った。中野ブロードウェイで牛肉を買いたい。そうだ、今日は肉豆腐を食べよう。

肉豆腐とすき焼きはマイナーな部活とインターハイ常連の部活みたいだ。僕はなんとなく肉豆腐のほうに呼ばれる人生だった。

出掛けるために早速、着替える。

中野ブロードウェイに行くには、それに相応しい服装というのがある。これでも、服には気を使う。スーツとかトレッキングウェアだと、やはりなんか変だ。違

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詰まった雨どいの猫

詰まった雨どいの猫

屋根の雨どいに猫が詰まってるからなんとかしてほしい。山あいに住むおばあさんから事務所に依頼の電話があった。

雨どいのイメージが湧かない人もいるかもしれない。家屋の屋根のちょっと下に付いている雨水を受けて流すためのあれ。流しそうめんの流れるところというか、ウォータースライダー的なやつだ。

もちろんなるべく雨どいでそうめんは流さないほうがいい。

困ったことあったら言ってくださいね、とは言った。前

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居酒屋で名前を失くした午後

居酒屋で名前を失くした午後

居酒屋の順番待ちが、いまだによくわからない。なんだか自分だけがいつも忘れられている気がする。

いや、ほら最近の店はタブレット的なあれとかのシステムを操作して、べつに店内で無の時間を過ごさなくても、入店できるようになったらスマホに知らせてくれたりするけど、そうではない昔ながらの店では。

暑すぎる午後だった。街に覆いかぶさるように盛り上がっている積乱雲を見ていると、だんだんビールの泡にしか見えなく

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電話ボックスを売る

電話ボックスを売る

京浜東北線の駅から程近いルノアール特有の大きな窓側のテーブルで、僕は次にやることになった新しい仕事のことをぼんやり考えていた。

突然、大きな音が鳴り響く。びくっとして周りをみると、店内の端にある電話ボックスからピジリリリリと半分壊れかけた目覚まし時計のアラームみたいなコール音が盛大に漏れていた。

電話ボックスなんてあったっけ? ここにはたまに来るけれど、いままで存在に気づいたこともなかった。ま

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盗む人

盗む人

「わたし、盗むの得意なんです」

ひと通りの打ち合わせが終わったあとで、担当者が不意に口走った。

これ以上、とくに確認すべきこともすり合わせることもない。どのタイミングで席を立とうかを考える、あの所在ない時間。

僕がこの世で4番目に苦手な時間なのだけれど、担当者の女性がそんなことを言うものだから席を立つに立てなくなった。

独り言にしては断定口調だし、ネタ的な軽口を言う場面でもそんな関係性でも

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