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「兵士たちの肉体」と「海にはワニがいる」


 国際治安支援隊として、イタリアからアフガニスタンに派遣された陸軍の兵士たち。
 少数民族出身ゆえの迫害から逃れて、不法移民としてアフガニスタンからイタリアにたどり着いた少年。
 立場も目的も、移動手段も服装も何もかも違う、出発地と到着地をちょうど逆にするこの2者の旅に共通するのは、根底にある戦争。目に見えない、いつどこで、どこから襲ってくるかわからない敵に怯え、恐れながら任務につき、あるいは仕事をし、次へ向かう。
 日本ではあまり、見聞きすることのない(なくなっている)アフガニスタンの内戦と難民について語る、全く異なるこの2つの小説を一人の翻訳者が日本語を送り出しているのは、偶然ではないだろう。

 なんとなく心の中で保留にしていた「兵士たちの肉体」と、「海にはワニがいる」に、そうだ、読みたい!のスイッチを押してくれたのは、イタリアの絵本を取り扱うチェルビアット絵本店のオンラインイベント、「翻訳の裏話③「イタリア語翻訳者さん達との座談会」(https://italiaehon.thebase.in/blog/2020/10/23/130758)だった。この2冊を翻訳された飯田亮介さんのお話や、特に「海にはワニがいる」は読者さんからのコメントなど伺っているうちに、どうしても読みたくなったがどちらもすでに在庫なし、前者は図書館で借りて、後者はネットで探して購入した。

 「兵士たちの肉体」で描かれているのはまず、ごく普通のイタリア人の日常。派兵される前の、家族や恋人との愛情や不和、秘密の顔や孤独、それぞれそれなりのストレスを抱えて生活を送る彼らは、どこにでもいそうなタイプで決して特殊ではない。戦地に赴いてからも、日々の生活は案外変わらない。もちろん、基地を一歩出れば常に危険がつきまとうし、基地自体を爆撃されることもある。平時ではない。だが、食料の配給が滞り、サラダオイルのみを和えたスパゲッティを口にせねばならない食卓では、彼らの悪態をつく声が聞こえるようだし、ようやく届くかと思われたトマトソースの缶が届けにきたヘリの操作ミスで高所から地上に落下し、トマトの赤色が砂漠の上に散り、やがて砂の中へ消えていった暁には、その悪態が最高潮に達したであろうことも容易に想像がつく。
 だからこそ、そんな彼らの日常が一瞬にして、文字通り吹き飛ばされたときの衝撃は、いや読んでるだけでこれだけの衝撃を受けるのだから、その場にいた彼らにとってはいったいどれほどだったのだろう・・・。それも吹き飛ばされたのは単なる「日常」ではない、かけがえのない命なのだから・・・。

 「海にはワニがいる」では逆に、最初からずっと、想像もつかない、今までに経験したことがないことの連続だ。ただ生活しているだけで、何かしらの言いがかりをつけられ、一瞬にして殺されるかもしれない恐怖。10歳の男の子がある日母親に連れられて外出し、闇に紛れて国境を越え、そこでたった一人置き去りにされる。そこからの冒険譚。いや、冒険、という言葉は正しくないだろう、きっと。生きるために働き、働くために移動を試み、その移動の資金のために働く。わずか10歳やそこらで。文字通り山を越え、海を渡り、トラックに潜り込み、国境を越える。餓えと恐怖との戦い、隣にいたはずの仲間を失うこともしばしば、ある。
 ああ、確かにそれは、イタリアでは日々ニュースや何かで耳にする一種の遠い日常だ。昨日も今日も、命をかけてイタリアを目指す人がいる。いや、目的地はイタリアとは限らない。地中海に半島を突き出すイタリアは、欧州に住処や仕事を求める多くの人にとって、足掛かりとなる。逆に、アフガニスタンからパキスタン、イラン、トルコ、ギリシャと何年もかけてイタリアにたどり着いた彼の場合、イタリアを特に目指した訳ではない。それにしても、こんなにも過酷な人生があったとは・・・。
 イタリアで初めて、ようやく一人の人として認められ、安住の地を得たのは幸い、だからこ著者ファビオ・ジェーダのに出会い、この小説も生まれたのだけれど。

 どちらも小説だけれども、アフガニスタンという地について、人について、命について、どっぷりと考えさせられた。10年近く前に出た本だが、いまからでも少しでも多くの人に読んでいただけたらいいなと思う。

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兵士たちの肉体
パオロ・ジョルダーノ 著
飯田亮介 訳
早川書房

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海にはワニがいる
ファビオ・ジェーダ 著
飯田亮介 訳
早川書房

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Fumie M. 12.22.2020

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