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至福眼福!ロンドン・ナショナル・ギャラリー展


 美術好きでなくても、ロンドン観光に行けばきっと訪れているであろうナショナル・ギャラリーから、日本初公開の作品が全61点!と聞けば、やはりこれは行かなくては!完全予約制で、チケットが取れるだろうかと心配したが、案外あっさりと希望の時間で数日前に予約することができた。

 ルネサンス以降の主な画家の作品を一通り所蔵するナショナルギャラリーの特別展は「イタリア・ルネサンス絵画の収集」という章から始まる。収蔵品としても、今回の展示としても、年代順としてトップバッターにあたるのはともかく、ナショナル・ギャラリーのコレクションそのものが、まさにこのジャンルからスタートしたのは初めて知った。
 入るとまず、カルロ・クリヴェッリの「聖エミディウスを伴う受胎告知」(1486年)が目にどーんと飛び込んできて、大きく息を飲んだ。建築的構造を使って遠近法を強調した構図、どこまでもきっちりとした線で、その迷いのなさは怖いくらい。装飾品や、人々の服装、象徴的に配置された小動物やモノなどは写実的で、写真家と見紛うばかり。極めて装飾的な、生地の模様や刺繍が金で細やかに描き込まれているのは、後期ゴシックの特徴からの流れを示しており、まさに「ルネサンス」を一言で表したかのような作品と言えるだろう。

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 「受胎告知」という、キリスト教上の神聖な出来事が、ルネサンス建築に埋め尽くされた街中に時と場所を移して行われているのもこの時代の特徴的な表現だが、おもしろいのは、マリアに「処女懐胎」を伝えにきた天使の隣にいる聖人エミディウス。マルケ州アスコリ・ピチェーノのフランシスコ修道会教会のために描かれたこの絵は実は、アスコリの街が「自治権」を認められたそのお祝いのために描かれた。そのため、この町の守護聖人はアスコリの「町」の模型を手にしている。

作品についてはは、国立西洋美術館主任研究員 川瀬佑介さんの解説が丁寧でとてもわかりやすいので、ぜひこちらを↓。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=432&v=htzxMVfRaoA&feature=emb_title

 ヴェネツィアで生まれたカルロ・クリヴェッリは、私生活のスキャンダルのためにヴェネツィアを追われたという。当時、アドリア海から地中海の覇権を握っていたヴェネツィアと、アドリア海沿いに南に下った、現マルケ州の都市とは深い交易関係にあった。国は追放になったが、縁のある国に移り住むのは見逃されたのだろうか。マルケ州でいくつもの祭壇画を手がけており、マルケ州内にもいくつか作品が残るが、ミラノのブレラ美術館をはじめ、世界の主な美術館に作品が所蔵されている。

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 八角形の部屋で、ちょうどその対面にあるのはティントレットの「天の川の起源」(1575年ごろ)。ギリシャ神話の主神ゼウスは、息子ヘラクレスを不死身にするため、その効力を持つ女神ヘラの乳を飲ませようと企てる。ヘラが目覚めてこぼれ落ちた母乳が「ミルキー・ウェイ」つまり天の川になったというエピソードを描いたもの。妙に色っぽいような気がするのは決して気のせいではない。カトリック信仰の強い当時のイタリアで、ギリシャ神話は堂々と美しいヌードを堂々と鑑賞できる格好のテーマだった。ゼウスや天使たちが、ダイナミックに飛び回る構図、輪郭をピチッと取らずに色の柔らく細かなタッチで表したラインに鮮やかな色合い。これぞまさに、ヴェネツィア絵画が最盛期と呼ばれた時代の作品であり、前述のクリヴェッリの作品と、わずか90年ほどの間に絵画がこれほど変化した思うと感慨深い。

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 落ち着いて部屋を見渡すと、パオロ・ウチェッロの「聖ゲオルギウスと竜」、ティツィアーノの「ノリ・メ・タンゲレ」、ジョヴァンニ・ジローラモ・サヴォルド「マグダラのマリア」、と教科書級、つまり美術史の教科書なら必ず載っている作品が並ぶ。その昔、初めてナショナルギャラリーを訪れた時に見たかったのは、やはりモネの睡蓮だっただろうか・・・だが、イタリアで美術史を勉強してから行ったロンドンでは確かに、これらの絵を見にナショナルギャラリーを訪ねたのだった。その絵を、これらの作品を、今この年に日本で見られる幸せに思わず涙がこぼれそうになった。

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 展示はそこから、オランダ、イギリスの肖像画、スペインと章を分ける。美術には、国とその経済力が見事に反映する。しばらく国際舞台から姿を消していたイタリアは、19世紀英国の貴族の子弟たちによる「グランド・ツアー」で再発見される。そこに残された美術品や骨董品に止まらず、その風景までも。そうして彼らが旅の記念に求めた「絵葉書」、いや今ならばスマホショットだろうか、その代わりに求めた、カナレットのヴェネツィアや、パニーニのローマ遺跡を描いた風景が大いにもてはやされた。

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 美術の中心地はそして、フランスへ。

 ヨーロッパの、世界の美の歴史を語るコレクションを、今、ここで、東京で鑑賞できる幸せに改めて感謝したい。

(作品画像は全て、ナショナルギャラリーの公式サイトから拝借しました。)

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Fumie M. 08.26.2020

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