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イタリアの一番熱い夜


 全く期待していなかったというと嘘になるだろう。だが、事前の報道ぶりからすると優勝候補ではなかったことは確かと思う。
 思えばイタリアは、いいスタートを切った。12カ国に分散して開催されたサッカー・ヨーロッパ杯EURO2020はローマのオリンピコ・スタジアムで開幕、ホームでトルコを迎えたイタリアは、3-0と快勝で先陣を切った。大抵がスロー・スターターで、ギリギリまでヤキモキさせるのが常習のイタリアにしては珍しい、とひそかに思っていた。
 その後の試合は、全部きちんと追ってたわけではない。だが、予選リーグ全3試合をホームで戦えたのは有利だったとはいえ、スイスにも3-0、ウェールズに1-0と連勝し、トップで予選リーグを抜けたときには、あら?と思った。

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 ロンドンに場所を移して行われた準々々決勝で対戦したのはオーストリア。そろそろ疲労が溜まって来たのか、やはりアウェイのためか、思っていた以上の苦戦で、90分戦ったところで無得点ドロー。ここからはトーナメントのため、引き分けでは終わらない。延長に入って前半、イタリアに歓喜をもたらしたのは14番、ユベントスのフォワード、キエーザ選手だった。10分後にイタリアは追加点、そのあとオーストリアも反撃を見せるが1点のみで結局イタリアが2−1で勝ち上がる。
 余談だが、この1週間くらい前、イタリアのLGBTQ差別防止を目的とした法案に対して、バチカンが公式に申し入れをしたというニュースがあった。法案の一部に、宗教の自由を侵害しかねない内容があり、それは、イタリア共和国とバチカン市国との間で1929年に結ばれた協定に抵触する、というものだが、それがイタリア中で猛反発を引き起こした。イタリアという独立国に対する内国干渉であり、ましてや差別を助長するバチカンの方針は断じて許容できない、とたちまち抗議運動が発生し、イタリアのドラギ首相が、「イタリアは無宗教国家である」と国会で宣言する事態となった。
 そう、イタリアはカトリック信者の割合がまだまだ高いとはいえ、国としては日本と同様に無宗教国家だ。だが、この日、窮地のイタリアを救ったのはキエーザ(Chiesa=教会、の意味)だった。もちろん、キエーザ選手は教会の関係者でもなんでもないだろう。(家族はカトリックだろうと思うが)ただ、その偶然の皮肉にニヤリとしてしまった。

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 さて、そのあとのイタリアもしぶとかった。準々決勝は、ミュンヘンでベルギーを2-1で下すと、準決勝でスペインと対戦。ここでも救世主キエーザが先制点を決めるものの、スペインに追いつかれ1-1。延長で決着がつかず、PKまでもつれ込んで勝利をもぎ取った時に正直かなり驚いたのは、きっと私だけではないだろう。

 翌日、イングランドがデンマークを下すと、メディアの鼻息も最高潮に達した。決勝の相手はイングランド、それもロンドンの、ウェンブリー・スタジアムで。どう見ても不利な状況の中、ゲンが担ぎ出されてきた。7月11日は、イタリアにとって縁起がいい、という。1982年、スペインW杯で西ドイツを下して優勝したのが7月11日だったらしい。

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 さらに翌日、驚きのニュースが飛び込んできた。イギリスで開催中のテニスのウィンブルドン選手権男子シングルスで、イタリアのマッテオ・ベッレッティーニ選手が準決勝で勝ち、なんとイタリア人として初めて、四大大会の決勝進出だという。決勝戦の相手は、帝王ジョコビッチ。そして決勝戦はなんと、7月11日(日)。プロスポーツの世界トップ級の舞台に、ロンドンで同じ日に、イタリアが臨む。もうこの時点で、何が起きても歴史的事件だろう。

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 午前中はともかく、午後になっても案外静かだったのは、皆、(慣れない)テニスを手に汗握りつつ見ていた人がやはり多かったのかもしれない。15時試合開始、微妙に調子が上がらない様子のチャンピオンを前に、挑戦者ベレッティーニは一つ一つマメに得点を重ね、なんと第1セットを取る。第2セットから本腰を入れたジョコビッチに、ついぞ叶わないのだが、それでも決して最後まで諦めずに戦うマッテオ青年から、私も目が離せなかった。ゲームポイントを決めた瞬間に、コートに横たわり両手で顔を覆うジョコビッチと、一瞬悔しそうな顔を見せたものの、スッキリと爽やかな笑顔へと変わったベレッティーニと。久しぶりに見たテニスも、いいなあと思わせた。
 19時ごろ。サッカー決勝のパブリックビューイング会場となっているポポロ広場に様子を見に行ってみたものの、コロナ対策もあり、広場への入場はチケット制で、それもすでに売り切れているという。そのころにはしかし、集まる場所を探す人々がどんどん増えてきたので慌てて家に引き上げる。

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 多くのイタリア人と同様に、自宅でのんびり観戦。キックオフわずか2分後に、イングランドのゴール。え?・・・テレビ越しに見るスタジアムは、かなりの雨。イングランドの選手は長袖もいて、気温も結構低そうだ。イタリアはもちろん全員半袖短パン。1カ月以上も猛暑続きのイタリア人にとって、長袖でプレーなんて想像もつかない事態なのではないか。体が冷えて硬くて動かないのも致し方あるまい・・・。このままずるずると、0−3くらいで負けるんじゃないかとビクビクしたが、結果を知っての通り。逆境でもアウェイでも、ビハインドでも、諦めずにコツコツと、地道にゴールを狙うイタリアに、ほんとうの強さを見た気がした。しぶといイタリア。後半にようやく同点に持ち込むと、延長では両者譲らず、PK戦へ。イタリアのGKドンナルンマが最後にスーパーセーブを決めると、テレビの画面の中と、外の歓声が弾けるのが一緒だった。あとはひたすら、車のクラクションと花火や爆竹が明け方まで鳴り止まず・・・。

 大会を通して大活躍だったキエーザ選手、この日は残念ながら途中交代となってしまったのだが、優勝が決まった瞬間、他の選手らとピッチに飛び出し、最高の笑顔で・・・自らの携帯で「ママに電話」した。その様子がしっかりテレビ中継で映し出され、あっというまにSNSで拡散した。イタリアの「マンモーネ」、つまりマザコンここにあり!というわけで。ま、いいんじゃない?かえって健在で、と思ってしまう私は、それだけイタリアに慣れたということなのか、あるいは歳をとったということだろうか・・・。

 かくして、2021年7月11日は、イタリアのスポーツ史にまたひとつ記録を刻んだ。

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#ローマ #エッセイ #EURO2020 #テレビ観戦 #イタリア優勝 #テニス #ウィンブルドン #イタリア

07.17.2021


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