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【短編小説】魔女の弟子になりたくて第五話

https://note.com/fumiduki_kaede_/n/n4aa8ae427386


魔法薬店のアルバイトを始めて、1ヶ月が経とうとしていた。
アルバイトはかなりの重労働だった。


雑草のような草たちを刈り取り、乾燥させたり、すりつぶしたり、何かの液体に漬けたり。日によってはそれが木の実だったり、花だったりした。

植物の日はまだいい。それが、ナメクジだったり、ダンゴムシだったり、イモリやヘビなど虫や爬虫類のときがあった。

花菜は小さいころ父の仕事に連れられ、山や森によく行っていたので、そういったものにあまり抵抗がなかったが、薬にするとは言え、生き物の命を奪うのは気が引けた。

「こういうことするって、ちゃんと求人票に書いたほうがいいですよ」

と言ったら、

「ただでさえ、魔力がある人が少ないのに、ナメクジ集めしてもらいますって言ったら、誰も来てくれないじゃない」

と、リリーは言った。
(そうだとしても、雇った後にこんなの聞いてないと言われて辞められたらそっちの方が手間じゃない)
花菜はそんなことを思ったが、言わなかった。

リリーとの関係は、それほど悪くないように思われた。
リリーは、本人が気を付けているときは、凛とした百合のように上品で、美しかった。面接のときはじめて見たリリーだ。

でも実は、中身は違う。花菜は早々に気が付いた。
本当はかなりずぼらで、がさつ、わがまま、自由奔放。たまにいたずらリリーが顔をのぞかせる。面接の日、最後に少し見せたリリーが本性なのではと思っている。

面接の日、面接をした部屋は薬を調合する調合室というらしい。きれいにかたづいていたが、これは前に働いていた田中さんが「面接に来るんじゃきれいにしておかなきゃ」と、夜な夜な来て片づけるというおせっかいをしてくれたらしい。たぶんリリーだけだと数日でゴミと必要なものが共存する部屋が出来上がる。
花菜も田中さんには1度お会いした。田中さんは笑顔が素敵なおばあちゃんだった。仕事の引継ぎもしてくれ、リリーよりこの店のことをよく知っていたので、花菜は大いに助かった。

リリーのことを娘のように思っているらしく、店を辞めてからもリリーが心配で何度か手伝いに来ていたみたいだ。

「心配して見に来てたけど、こんなかわいいしっかりした子が入ったんじゃ安心ねぇ。花菜ちゃん、リリーちゃんをよろしくね」

「はい、お任せください!」

「花菜!無駄口たたいてないで、手を動かしな!もたもたしているとダンデライオンが綿毛になっちゃうよ!」

「すみません!」

花菜は手元にあるタンポポの花びらをほぐす作業を再開した。

田中さんは、そんな会話をニコニコ聞いていた。
リリーも本当に怒っているわけではない。リリーは、口は悪いが本当に怒ることはあまりなかった。花菜がリリーの怒りを感じたのは、面接の日に花菜が「弟子になりたい」と言ったときだけだ。

(なんで、そんなに弟子が嫌なんだろう)

その理由はわからなかった。今、花菜ができることは認めて貰えるようにただ、頑張るだけだ。

求人票にあったように店の裏に庭があった。
この裏庭、どう考えても魔法がかかった裏庭だった。
とても広くまわりは、高い塀で囲まれていた。塀の向こうはビルもあるはずなのに、高い建物が見えなかった。見えるのは木だけ。
気になってリリーに聞いてみたが、

「秘密。塀の外は見ないほうがいいよ」

と、言われただけだった。
見てはいけないと言われると見たくなるが、物語ではいうことを守らなかった主人公は不運に見舞われるのは王道だ。
それに見ないほうがいいと言われても、とてもよじ登ることができない高さなので花菜はこの件に関しては深く考えないようにした。

もう一つ、この店は不思議なことがある。
店にある丸い木の戸。
花菜はいつも四角いベルが付いているドアから出入りする。
たまに来る他のお客さんも、基本的には四角いドアから出入りしているが、ときどきこの丸いドアから入ってくるお客さんがいる。
大体マントのようなもので全身を隠し、フードを目深に被っている。
丸いドアには金属の棒が何本かぶら下がった風鈴のようなベルが付いている。こちらのベルが鳴ったときは花菜は調合室で待っているように言われ、リリーだけが店に出る。

丸いドアの向こうは隣の家があるはずなのにお客さんはなぜわざわざそちらのドアから入ってくるのだろう?

リリーからも丸いドアは開けてはいけないと言われている。
なぜか聞いたら「好奇心で死ぬこともあるよ」と言われ、花菜はそれ以上何も聞けなかった。

期待していた不思議なことは、期待以上に危険らしい。

しかし、そんなことがどうでもよくなるくらい、花菜はこの裏庭が好きだった。
植物たちが自由に枝や葉を伸ばしている。
花たちは、それぞれ個性的な美しさをこれでもかとアピールしてきた。裏庭に住む生き物たちもいきいき暮らしているように花菜は感じた。

今日は日曜日。
朝から昼過ぎまでアルバイトの予定だ。
今は十時の休憩。花菜は裏庭にあるベンチに座り、5月の風を感じながら、虫の音や木々のざわめきを静かに聞いた。
深呼吸すると今、庭を彩っているバラの香りが肺を満たしてくれた。

裏庭にいるときは自分を偽ることなく、自然のままでいられた。

ベンチで裏庭を堪能していると、アッシュが軽やかにベンチに飛び乗り花菜の隣に座った。

「花菜はどうしてそんなに弟子にこだわるんだ?」

この一か月でアッシュとも仲良くなった。「ちゃんと弟子にしてほしい」そんな不満は外の人には言えないので、この話題はもっぱらアッシュにしていた。

リリーがちゃんと教えてくれないことはアッシュに聞いた。リリーは感覚で教えてくるから正直何言ってるのかわからないことが多かったし、説明をちょくちょく飛ばして話すこともあるので、リリーに何回聞いてもわからない。

アッシュも最初からちゃんと教えてくれたわけではなかったが、賄賂として猫用おやつを用意したり、猫用おもちゃで満足するまで遊んでいたら、少しづつ心を開いてくれたようだ。
猫じゃらしで遊んでいるアッシュを見たときは「魔女の猫とは言っても中身は普通の猫だ」と思ったが、やはり普通の猫ではないと思わせる表情をたまにする。油断してはいけないと花菜は密かに思っていた。

どうして、自分が魔女の弟子になりたいのか?
答えは単純。

「だって、小さいころの憧れだったんだもん。魔女の弟子って」

花菜は、ほうきにまたがって遊んでいたころの自分を思い出した。

「でもさ、魔法はこの世界にはないって気が付いてさ。魔女とか魔法使いはいないし、今は剣で戦うこともないっていうのが、なんとなくわかってきて、大人になってもなりたいものに慣れないってわかったら、なんだろうね。現実逃避してたのかな?本にのめりこむようになって、自分の世界、物語の世界に閉じこもってたんだと思う。でも、自分の世界に閉じこもっているうちに、自分の周りが変わっていることに気が付かなかったんだよね」

花菜は裏庭を見渡した。

「でも、あるってわかったらさ、努力したらなれるかもって思ったらさ、なるしかないじゃん!」

花菜はアッシュを見た。

「ねぇ、アッシュ。なんでリリーさんは、アルバイトはいいけど弟子はダメなの?」

アッシュは黙って花菜を見ていたが、目をグルっとまわしてそっぽのほうを見た。

「まぁ、検討が付かないわけじゃないんだけど」

「何?なんでもいいから教えて」

アッシュはちらっと花菜を見る。

「ん-、あとでおやつくれる?」

「いいよ!高級なやつ今度持ってくるから!」

アッシュはニヤッと笑った。
花菜はその顔に少し不安の靄がかかった。

「ついておいで」

アッシュは上ってきたときと同じように軽やかにベンチから飛び降りた。
そして、スタスタと店の中に入っていった。

(理由がわかれば、何か対策ができるかもしれない)

花菜は不安の靄を抱きつつ、糸口をつかむためにアッシュの後に続いた。

(つづく)

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