見出し画像

【短編小説】魔女の弟子になりたくて第六話

アッシュの後について、花菜は店と調合室がつながる廊下にきた。

「ここ」

アッシュが止まったのは、廊下に飾ってある大きな百合の絵の前。

「この絵に何かあるの?」

「ついてきな」

そういうと、アッシュは絵に向かっていった。

そして、アッシュが消えた。

「え!?」

花菜は何が起きたかわからず、その場で固まってしまった。

(絵の中に消えた??)

どうしたらいいかわからず、そこに立ちすくんでいると、絵の中からひょこっとアッシュの顔だけが出てきた。

「おい、早くしろよ。」

と、言って、また引っ込んでしまった。
猫の生首が出てきて、花菜の心臓はバクバク言っていたが、置いていかれるわけにはいかない。
花菜は両腕を伸ばし、絵に触れてみた。
すると、そこにあるはずの絵には触れることなく、指が絵の向こう側に通り抜けた。冷たくも、熱くもない。
そのまま前に進み、花菜の腕のほとんどが絵の中に入った。
もう、次は顔だ。
花菜は息を止め、目をぎゅっと閉じ、一気に絵の中に入った。

「おい、息、できるぞ」

そう言われ、花菜は目をうっすら開けた。
アッシュがいる。
花菜は息を吐いた。

「ねぇ、魔法初心者なんだから、こういうの先に言ってくれる?」

「早くなれることだな」

そういうと、アッシュは階段を上っていった。

「ここ2階があったの!?」

「そう、俺とリリーの自宅」

(知らなかった)

リリーにどこに住んでいるのか聞いたことがある。そのとき「ここ」と言われ、冗談だと思った。店と調合室と裏庭しか知らなかったので、とてもここで生活しているとは思えなかった。(プライベートってやつかな?)と思い、そのときは花菜も深くは聞かなかった。

「でも、勝手に入っていいの?」

「まぁ、俺の家でもあるからな。今日は俺のお客さんとして招待してやるよ」

その理屈がリリーに通用するか、花菜にはわからなかったが、ここまで来たらどっちにしろ怒られるので、リリーが弟子を取らない理由をさっさと聞いて裏庭に戻るしかなかった。

階段を上り切るとドアがあった。

「どうぞ」

と言われたので、花菜はドアノブを握った。
が、一瞬迷った。

(本当に入って大丈夫かな?)

「遅いなぁ。先に入るぞ」

アッシュはドアの下についた猫用のドアから先に入ってしまった。

(ああ、もう、行くしかない)

覚悟を決めた花菜はドアをぐっと押した。


すぐに目についたのは、小さなキッチンとベッド。リリーらしく、乱雑、ごちゃごちゃだ。
床には本が、都心のオフィス街のビルのように積まれている。よく雪崩が起きないな、と感心するほど絶妙なバランスだ。

新しい本も、ちらほらあるが、ほとんどは古く重そうなものばかりだ。日本語、英語もあるが、花菜の知らない言語で書かれているものが大半を占める。

アッシュはその本のビルの中を進んでいった。
壁に紙や写真が貼ってある一区画、本に埋もれた机があった。その机にアッシュは飛び乗る。

「これ」

と、言うので、花菜はその机に近寄った。

机の前の壁には、二枚の写真があった。
一枚はたぶん、子供の頃のリリーだ。子供のときからきれいな顔をしていたらしい。今のように影がある笑顔ではなく、ニカっと大きな笑顔で写っている。
そして、一緒に中年の女性が写っていた。パーマか、元々の癖か、きれいにウェーブしている髪を短く切って、リリーの隣で優しい笑みを浮かべている。
もう一枚もリリーとこの女性だった。一緒に写る女性は少し年を取ったように見えたが、一枚目と同じく優しい笑みを浮かべている。
リリーのほうは二枚目とはかなり様子が違った。リリーは十代後半くらいに成長している。笑顔は消え、澄ましたような、子供のころの明るさはなく、ただこちらを見ている。

「これ、リリーの師匠」

写真に気を取られていた花菜は、ハッとしてアッシュのほうを見た。

「リリーさんの、お師匠さん」

「この写真より少し前にリリーは魔法を失敗しちまったんだ。今もそれを悔やんでる」

「魔法を失敗?それが弟子を取らないのとなにか関係があるの?」

「たぶん。そのとき、師匠の大事なものをドカンっとやっちまって」

「え!?ドカンってなに!?」

「文字通り、ドカンさ。大爆発」

「えー」

花菜は魔法薬店でアルバイトを始め、まだ一か月だったが、やることと言ったら、草花を摘んで処理したり、昆虫や爬虫類などを捕まえたりするだけで身の危険を感じることはなかった。
なぜ、そんな大爆発を起こしてしまったんだろう?

「その爆発を起こす前はリリーは今とは別人で、なにするかわからないおもしろいやつだったのに」

「おもしろい越してる感じがするけどなぁ。そもそもなんで大爆発になっちゃったの?リリーさん調合下手なの?」

「あいつは将来期待された魔女だ。たぶん調合じゃない。何かの魔法だと思うけど、リリーはこのことに関して何も言わない」

花菜は写真に目を戻した。
子供のリリー。
いたずらか何かで失敗したのか?でも、なぜそれが弟子を取らないことに結びつくのかわからない。

花菜は一つ気になっていたことを聞いた。

「アッシュはなんで私にこの話をしたの?私に弟子になってほしいの?それともおやつをもらいたかっただけ?」

アッシュは目をぐるっとまわして、斜め下の方を見た。

「まぁ、おやつが欲しいってのはあるんだけど、俺、今のリリー嫌なんだ。つまらないんだよな。面白いこと何もしなくなっちまって。花菜が来て、花菜と話してるときは少し楽しそうなんだ。おまえ、真面目なのに急におかしなことするだろ?」

だろ?と言われても、花菜本人は身に覚えがない。どのことを指しているのかわからない。それに人の行動を「おかしなこと」とは、失礼な猫だ。でも、花菜と話しているときは少し楽しそうだというのは、素直にうれしかった。

「確かに、私もリリーさんは本当の自分をちゃんと見せてくれていない気はするよ。でも、だからってそれが悪いこととは言い切れない。それに一般的に大人になるとみんな少し落ち着くって言うじゃない?それかもしれないし」

アッシュはすねたような表情をした。

「俺だって、リリーに子供に戻れとは言わないけど、今のリリーはなんか苦しそうで。。。」

そういっているアッシュがなんだか苦しそうな表情をしていた。

花菜は考えた。

もしかしたら、リリーは自分に心を開き始めているのかもしれない。
もしかしたら、自分がリリーの心の闇を解消してあげられるかもしれない。
もしかしたら、物語のヒーローやヒロインのように人を助けることができるかもしれない。
もしかしたら、それをきっかけに魔女の弟子にしてくれるかもしれない。

うぬぼれと甘い期待が混ざった妄想が広がり、危険な高揚感が沸き上がった。

「わかった。私が何とかしよう!とにかくその爆発の原因がわからないとどうしようもないからね!ちょっと探りを入れてみよう!」

「おう!俺もなんかヒントがないか過去のこと探ってみる」


「楽しそうな話をしているねぇ」
                                                                            

花菜はこおりついた。
さっきまで沸き上がっていた高揚感はあとかたもなく散った。
アッシュも固まっている。
息ができない。
嫌な汗がでてきた。

「私もまぜてくれる?」

花菜はさび付いたロボットのように、ぎこちなく、ゆっくりとしか振り向けなかった。

そこには声の主がいた。

冷たい、静かな、怒りを身にまとったリリーが。

(つづく)

最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければフォローお願いします。

内容がいいなと思ったら「スキ」してもらえると励みになります(^▽^)

すっごくいいなと思った方、
サポートしていただけるとすっごくうれしいです!
よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?