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【短編小説】魔女の弟子になりたくて第七話

花菜は、血の気が引くというのはこういうことだと思った。
自分の全身の血液が、温度をなくしたかのようだった。
それなのに、心臓だけはドクドク脈打っている。
冷たい汗が噴き出る。

「ねぇ、私も話にまぜてよ、人の家で何話してたの?」

「ご、ごめんなさい」

花菜の肺は空気を入れることを拒否しているように息がちゃんとできなかったが、かろうじて謝罪の言葉が口から出た。

「アッシュ」

呼ばれたアッシュは固まっている。

「なに勝手に人のこと話してるの?」

「ごめん」

いつもの余裕はなく、アッシュも蚊のような声で謝った。

「もうわかっていると思うけど、ここは私の家なの。店のほうはある程度自由に過ごしてくれていいけど、ここには入らないで」

「はい」

「わかったらもう出て行って。裏庭で作業を再開しなさい」

アッシュはそう言われ、とぼとぼと歩き出した。

「花菜も早く行きなさい」

そう言われ、早く行こうと思うが動けない。いや、動きたくなかった。

「花菜!」

今聞かないと一生聞くタイミングがない気がする。
なぜ、弟子を取らないのか?
アッシュが言っていた魔法の失敗が本当に原因なのか?

わからなければ、一生花菜はアルバイトのまま。大事なところははぐらかされ、憧れの魔法を目の前にぶら下げられ、ただ指をくわえ見ているしかない。

花菜は汗ばんだ手を握りしめた。

「リリーさん、私を弟子にしてください」

「はぁ!?なんで、今、その話になるの?私は作業を再開するように言ったの!よくまぁこのタイミングでそんなこと言えたね」

花菜はひるんだ。確かに聞くとしたら今しかないと思ったが、どう考えてもリリーはすんなり答えてくれる状態ではない。

「少なくとも、人のプライベートなことに無神経に入り込んでくるやつは絶対に弟子にしない」

痛いことを言われた。でも、花菜も引き下がれなかった

「でも、こっちから言わないとリリーさん自分のことは何も話してくれないじゃないですか!」

花菜は鼻がつーんとした。
この一か月、アルバイトとしてリリーと一緒に過ごした。
悪い関係ではないけれどリリーは肝心なところは教えてくれないし、急に心を閉ざしてしまう。それがさみしかった。

(そうか、私はさみしかったんだ)

学校では、「高嶺の花菜さん」として頑張らなくてはいけない。
でも、この魔法薬店の中にいるときは素の自分でいられた。
花菜にとって居心地がいい場所なのに、どうもこの店の主は本心を隠している。それは、学校にいるときの花菜のようだった。
花菜はその苦しさや居心地の悪さを感じ取っていた。

リリーは眉間にしわを寄せ、じっと花菜を見つめた。

「だからって、そうやって人の過去に土足で入ってきていいわけじゃないの。人にはそれぞれ事情があるの。あなたは邪気なふりをして人を傷つける子供と一緒よ」

花菜はハッとした。
去年の夏、自分だけ幼稚だと思った。自分だけ子供だと。
今も変わらず子供のようにふるまっていたことに恥ずかしくなった。きれいに着飾って、アルバイトをして、大人になった気分でいた自分がバカらしく思えた。

(私、何も、成長してない)

花菜は何も言えなかった。リリーも何も言わなかった。
二人の間に沈黙が流れた。

チャリンチャリン

二人ともハッとした。
丸いドアの音だ。
丸いドアからくるお客さんのときは花菜がいつも調合室で待っているように言われる。

「花菜、調合室で待ってて」

やはり今回も言われた。
リリーはドアに向かった。ドアの前でアッシュがオロオロしている。こんな状況でなければ珍しいアッシュのリアクションを笑っていたかもしれない。

「あんた、まだこんなところにいたの?」

アッシュはただ、ただ、小さくなった。

「話はあとでね」

そう言って、リリーは階段を下りた。
花菜もリリーの後につづく。

「ごめん」

聞きそびれてしまうくらいの小さな声だった。

「ううん」

何に対して謝ったのかわからなかったし、自分がなにをゆるしたのかわからなかった。しかし、いつも尊大なアッシュが小さな黒い塊になってしまったのを見ると、花菜もそれしか言えなかった。

花菜も家を出ると階段の下でリリーが待っていた。
魔法の百合の絵は、花菜一人だと通れないことを思い出した。
花菜は駆け下りる。
それを見てリリーは無言で絵の中を通った。
花菜も後につづく。

「リリー!久しぶりね!!」

絵から出たとたん、花菜は目の前の光景に驚いた。
リリーが誰かに抱きつかれている。抱きついている人物は花菜の角度から見えなかった。
ここはまだ店の奥の廊下だ。
お客さんは普通ここまで入ってこない。
誰だろう?

「師匠急にどうしたんですか?」

(師匠?)

花菜は師匠と呼ばれた人の顔が見えるように少し体を動かした。
目が合った。
少し年を取っていたが、あの写真の「師匠」だ。

「あら、この子が花菜ちゃん?」

「は、はい、そうです」

初対面のはずなのに名前を呼ばれ、花菜は驚いた。

「田中さんが連絡くれたのよ。リリーの店に新しい子が入ったって。若くてかわいい子だって田中さん言ってたのよ」

(若くて、というか、幼稚なんです)

花菜は自分の欠点を思い出し勝手にまた傷ついた。
そして、なんて答えていいか迷い、あいまいな笑みを浮かべた。

「師匠来るなら連絡いただければよかったのに」

「だってあなた連絡したら花菜ちゃんいない時間に来るように仕向けるでしょ?私は孫弟子に会いたかったの」

(師匠!!!!それは禁句です!!!!)

先ほどまでリリーが怒っていた言葉が再び出て、花菜は生きた心地がしなかった。ちらっとリリーを見る。
何を考えているのかわからない表情だったが、リリーが口を開いた。

「師匠、私は弟子はとりません」

「とりなさいよ、昔のこと気にしてるならいいのよ」

(昔のこと?)

花菜はなんのことかわからなかったが、すぐに魔法を失敗した話だと気づいた。

「花菜」

「はい!!」

急にリリーに呼ばれて、花菜は飛びあがった。
今日は心臓に悪いことが起こりすぎだ。少し前までは裏庭で穏やかに休憩してたのに。花菜は早くあの裏庭に戻りたかった。

「裏庭に行ってイラクサを採ってきな」

「え?イラクサ」

「そう、イラクサ。100枚だよ」

裏庭には行きたいがイラクサは嫌だ。
イラクサには小さいトゲがあり、刺さると痛くまた、かぶれたりする。前に一回採取したことがあったが、手袋と袖の間に隙間があったらしい。そこにトゲが刺さって大変な思いをした。

「前に採ったことあるでしょ?」

「はい、ありますけど、一人だと、ちょっと不安で」

「わからないことはアッシュに聞きな。アッシュ、あんたも行くのよ」

「えー、ヤダよ、なんでイラクサなんだよ」

「つべこべ言わない!早く!200枚だよ」

(増えてる!)

こんな会話をリリーの師匠は「あらあら」と言いながら、楽しそうに聞いていた。花菜とアッシュはこれ以上枚数を増やされては敵わないので、いそいそと裏庭に向かった。

花菜は最後、リリーと師匠を確認した。
二人が調合室に入っていくのが見えた。
まさか、このタイミングでリリーの師匠に会えるなんて思わなかった。
師匠は何しに来たんだろう。「久しぶり」と言っていたから頻繁に会っているわけではなさそうだ。
師匠はリリーが弟子を取ることに反対ではないらしい。
リリーは昔何をしたのだろう。
疑問がどんどん浮かぶが、花菜はイラクサを取る準備をした。ひとつため息をつく。
裏庭は変わらず穏やかな風が吹いている。
花菜を慰めるように風が頬をなでた。
裏庭を見渡す。自分の愚かさを今、嘆いていても仕方がない。

(言われた仕事をちゃんとやろう)

花菜はイラクサを取るために裏庭を進んでいった。

(つづく)

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