【短編小説】魔女の弟子になりたくて第八話
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リリーは師匠を調合室に案内した。
まさか、このタイミングで師匠が来ると思わなかった。
(田中さんの悪いクセだ)
花菜の前にパートでお手伝いに来てくれていた田中さんは、良くも悪くもおせっかいをやく。基本的には助かるがこうしていらないおせっかいもやいてくれる。
きっと師匠には今の状況が筒抜けになっているだろう。
師匠には適当に座ってもらい、リリーはカモミールティーを入れている。
師匠は今年のローズの出来を自慢交じりで勝手にしゃべっている。
今、裏庭にはカモミールがかわいいらしい花をたくさん咲かせてくれている。午前中に摘んでおいて、お昼にでも飲もうと思っていたが、今飲むことにした。
(花菜に飲ませてやろうと思ってたけど、かまわない)
思い出したらまた怒りがわいてきた。
花菜のそのまだ幼く無邪気、天真爛漫なところを気に入っていた。しかし、何もわからない顔をしてなんでもやっていいわけではない。
(長所もやり過ぎれば短所、ね)
これは、いつも自分に言い聞かせていることだ。
自分の過去の過ちを繰り返さないように。
砂時計の砂がすべて落ちた。カモミールティーをカップに注ぐ。
いい香りが立ち上がる。
この甘いようでさわやかな香りがリリー感情を落ち着かせてくれた。
カップを師匠の前に置き自分も師匠の向かいに座った。
師匠は「ありがとう」といい、カップの中のカモミールティーを飲んだ。
「ローズの香りもすきだけど、カモミールのこの落ち着く香りもいいわよねぇ」
カモミールの香りを楽しむ師匠は幸せそうな顔をしていた。
師匠はいつもそうだ。微笑みを絶やさない。
でも、リリーは知っていた。師匠はなくなった旦那さんと息子さんを思って夜一人で泣いていることを。
師匠は「あちらの国」の住民だ。
リリーや花菜が住んでいる世界とは違う、魔法が普通に存在する国。
店の丸いドアは「あちらの国」とつながっている。
行き来する手段は色々あるが、基本的にはお互いの世界の秩序を乱さないためにあまり干渉し合わない契約がある。
師匠の旦那さんと息子さんは「あちらの国」の魔法戦争にかり出され、亡くなった。そのときは、あちらとこちらの往来が厳重に管理されていて簡単にに相手の世界に入ることはでいなかった。しかしリリーは、その戦争でできた世界のほころびに迷い込み、偶然「あちらの世界」に行ってしまった。
リリーは師匠の旦那さんたちが亡くなってすぐに弟子入りをした。
リリーが12歳のときだった。
こちらの世界では家庭環境も良くなく、自分の居場所がなかった。早くここから逃げ出したい。早く大人になりたい。どこでもいいから自分の居場所を作りたい。そう思っていたからこそ世界のほころびに迷い込んでしまったのかもしれない。12歳のリリーはこちらの世界から逃げ出したのだ。
「あちらの世界」に行ってしまってから、リリーは三日間さまよった。家庭環境が悪いとは言え、日本で育ったリリーには過酷な三日間だった。三日目に師匠に出会った。師匠ははじめリリーのことを戦争孤児だと思ったらしい。師匠の家でお風呂に入れてもらい、温かい食事食べ、乾いたふかふかの布団で眠った。
三日間の疲れと不安もあったがそれ以上に本当の家より居心地がいい師匠の家が、師匠の優しさが、リリーの心に深くしみわたり、リリーはその夜乾いて寝心地のいい布団を涙で濡らした。
師匠に違う世界から来たことを告げ、自分は家に帰りたくないことを伝えた。もし、自由に行き来ができるのであれば師匠は家に帰しただろう。しかし、戦争で簡単に帰れない状況を考え、師匠はリリーを家に住まわせ自分の手伝いをさせた。
リリーは魔力を持っていたことと、元々頭がよかったこともありどんどん魔法を覚えた。
師匠がほめてくれることもうれしかった。そこが自分の居場所だと思えた。
あのときまでは。
「ゆり」
久しぶりに自分の本名で呼ばれリリーはどぎまぎした。
今では本名で呼ぶのは師匠くらいだ。
「師匠、リリーと呼んでください」
「ふふ、いいじゃない」
師匠はご機嫌のようだ。
「ねぇ、ゆり。花菜ちゃん、なんで弟子にとらないの?」
(ほら、来た)
これはリリーにとって「まだ結婚しないの?」と同じくらいわずらわしい質問だ。
「師匠私は弟子は取りませんよ。弟子を取る器でもないですし、手伝いはアルバイトでいいんです。田中さんもずっとパートで働いてくれたじゃないですか。それと一緒。私は今のままでいいんです」
リリーはカモミールティーをすすった。
「でも、田中さんと花菜ちゃんは違うじゃない。田中さんはここに来たときすでにいいお年だったし、本人もパートを望んでいたけど。花菜ちゃん弟子になりたいんでしょ?」
(花菜は田中さんにもその話をしたのか!)
田中さんと花菜は一度しか会っていないはずなのにいつの間にそんな話をしていたのか?田中さんもそれを師匠に話すことないのに。
田中さんと師匠もいつの間にか文通仲間になっていた。それもリリーの知らないうちに。その文通のおかげで、リリーは近況報告をしなくても師匠はリリーの最近の様子をよく知っていた。
なぜみんなそんなに早く打ち解け合えるのか不思議だ。リリーの知らないうちに自分の周りの人達が勝手につながっている。
「ねぇ、あのこと気にしてるの?」
師匠の言っていることはあの事だ。思い出したくもないあの出来事。
師匠とこのことについてちゃんと話したことはない。
カップの中のカモミールティーがなくなった。
さて、なんて答えよう。
(つづく)
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