見出し画像

【短編小説】魔女の弟子になりたくて第九話

リリーはおかわりのカモミールティーをカップに注いだ。

あのこと。リリーが師匠の家を破壊してしまったこと。
師匠にとってあの家は旦那さんと息子さんとの思い出が詰まった大事な家だった。それをリリーが破壊してしまった。

「ちがいますよ」

リリーはカモミールティーが入ったカップを口に運んだ。香りを肺いっぱいに満たす。

「ねぇ、ゆり。私あなたがあの家壊してくれて感謝してるのよ」

リリーは目を見開いた。そんなわけがない。あの家は師匠にとって思い出が詰まった大切な宝物だ。

知っている。師匠が旦那さんと息子さんのことを忘れられずに苦しんでいたことは。
リリーは師匠の部屋にこっそり入り師匠の日記を読んだ。
そのときは何か師匠の役に立てないか?何かヒントはないかと思っての行動だったが、今思えばなんとも思いあがった、幼稚な行動だろう。
ふとリリーは思った。

(私も花菜と同じか)

あの頃のリリーは自惚れていた。
魔法をどんどん使えるようになる自分は、選ばれた人間だと。
元々の行動力が加わって、師匠を悲しみから助けられるのは自分しかいないと思い日記を盗み見たのだ。

しかし、日記を見たリリーはショックを受けた。
師匠は死にたがっていた。
旦那さんと息子さんに会いたい。どうして自分だけ残ってしまったのかとそう書かれていた。

師匠がリリーを置いて死にたがっている。
師匠にとって自分は一人置いて行っても何も感じない存在なのだ。

そのときのことを振り返ると、あれはただの「嫉妬」だったとリリーは思う。
自分は師匠の特別にはなれない。そんなに思ってもらえる旦那さんたちがうらやましかった。
自分を見てほしかった。
自分も師匠の特別になりたかった。

どうすればそう思ってもらえるのか、そのときのリリーにはわからなかった。自分が優秀であれば、師匠の自慢の弟子になればきっと師匠は振り向いてくれる。そう思った若きリリーは超高等魔術を一人で行うことを決めた。
それは熟練した魔法使いが何日も準備期間を設けてやるもので、いくら優秀とは言え、数年しか魔法を習っていない者が一人でできるものではなかった。

リリーはその魔術は召喚魔法だったが、結局は何も召喚することはできなかった。
召喚呪文を口の中で唱えているうちに魔法陣から大きな魔力を感じた。しかし、そのパワーが強すぎてリリーの書いた魔法陣は、その力に負けて亀裂が入ってしまった。その瞬間に溜まったパワーが爆発してしまったのだ。   

リリーは過去の自分の醜態にいたたまれなくなった。                                                                             

「あの家に住んでると夫と息子が忘れられなかったの。でも、自分ではどうすることもできなかった。二人を裏切るみたいでね。だからあなたが壊してくれて正直ほっとしたの。ごめんなさい。いうのがこんなに遅くなってしまって」

師匠は眉を下げ、心配そうにリリーを見つめていた。
リリーはなんといえばいいのかわからず、師匠から視線をそらした。

「でも、先生の家を壊したことには変わりないですし」

師匠がほほ笑んだ。

「まぁ、確かに、すべてのものを一からそろえなくてはいけなくて、あれは大変だったわね。でも、反省しておとなしくなった弟子が、てきぱき働いてくれたから結局はとても居心地のいい家ができたわ」

その通り。師匠に必要とされていないことが分かったのに大爆発を起こしてリリーはもう捨てられるのではないかとびくびくし、一生懸命働いた。

師匠という居場所がなくなったら自分は終わりだ。愛されていなくても、師匠にしたらなんてことはない存在であっても、そこしかリリーには居場所がなかった。こんな自分では弟子など育てられない。接し方がわからない。
自分と同じような思いを自分の弟子にもさせてしまう。そんな思いがりりーの中にはあった。

「あなた、あの召喚魔術をして本当は何がしたかったの?」

リリーは師匠を見た。師匠の顔に笑みはない。
当時は「自分の力を試したかった」と言った。嘘ではない。自分には力があると思ったし、その力で師匠に認めてほしいと思ってた。

しかし、師匠の表情から、今はその言い訳は通用しないことを感じた。

「師匠に、認めて貰いたくて」

恥ずかしい気持ちをこらえてリリーは告白した。
師匠は目をぱちくりさせている。
リリーはもうやけっぱちになった。

「だから、師匠に大事な存在と思われたかったんです!」

思っていた以上の大きな声にリリー本人が驚いた。
師匠は少しの間、リリーを見つめ、大笑いした。
涙を流し、腹を抱えて笑っている。
なぜそんなに笑うのか。いや、子供じみた理由に笑っているのかもしれない。

「そんなに笑わないでください!あのときは」

そこでリリーは言葉が詰まってしまった。
あのときは本当に切羽詰まっていた。本当の親より親らしい師匠を慕っていたし、師匠に死んでほしくなかった。どうにかして師匠に生きる意味を関してほしかったのだ。

「ごめんなさいね。違うの。かわいくて」

師匠が涙を拭きながらそう答えた。

(かわいい?)

どこがかわいいのだ?もう中年になりかけの人間にかわいいとは?

「いや、私はね。何か大きなことをしようとしているんじゃないかと心配してたのよ。だってあんな召喚術、本当に成功してしまったら世界のパワーバランスが崩れて、百合が支配者になることも可能だから。それが私に認めてほしかったのが理由だってわかったらかわいくて」

師匠はまたクククッと笑った。
師匠はそんな心配していたのか?
なんだか、悪の支配者になりたがっているのかと思っていたのだろうか?それは少し心外だ。
では、師匠はなんでそれが弟子を取らない理由だと思っていたのだろう?
リリーはその疑問を師匠にぶつけてみた。

「だってあなた何か軍団とか組織するタイプじゃないでしょう?何かを成し遂げるためには弟子なんて足手まといだって考えているのかと思って」

(なるほど。確かに)

リリーは変に感心してしまった。
師匠がリリーのことをよく分かっていることは否定できなかった。

「大丈夫ですよ。私はそこまで野望がある人間ではありません」

「ふふ、確かにそうね」


「さっきの話だけど。私に大事な存在って思われたかったっていう」

リリーの顔が赤くなった。さっきは勢いで言ってしまったが、改めて言われるとかなり恥ずかしい。

「もう昔の話です。やめましょう」

「あなたは何もわかってないわね」

師匠が片方の眉を上げ、あきれたようにため息をつく。

「わたし、娘のようにかわいがってたんだけど、わからなかった?」

リリーは、手元にあるカップを見下ろした。
まったく気が付いていなかったわけではない。日記を見る前はたぶんそうだと思っていた。しかし、確信は持てなかった。日記を見てしまった後は、なぜこんなに親切にしてくれるのかわからず、ただ捨てられないためにおとなしくしているしかなかった。

「夫も息子もなくなって、生きる気力がないときにあなたが現れた。この子はなんとしても私が守ろうって。この子のために生きようって思ったのよ」

師匠がリリーの隣に来た。
リリーの隣に座りマグカップごと手を握った

「ねぇ、ゆり。あなたは私の大事な娘よ」

リリーの目から大粒の涙がこぼれた。

(つづく)

最後まで読んでいただきありがとうございます!
よろしければフォローお願いします。

内容がいいなと思ったら「スキ」してもらえると励みになります(^▽^)

すっごくいいなと思った方、
サポートしていただけるとすっごくうれしいです!
よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?