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【短編小説】魔女の弟子になりたくて第四話

花菜は黒猫に付いて行き、カウンターの横の入り口から店の奥に入っていった。
中には廊下があり、左の壁には人の身長ほどある百合の絵が、豪華な額縁に入って飾られていた。
黒猫は絵には目もくれず、廊下をまっすぐ進んでいく。いくつかドアがあったが、黒猫は一つの真っ赤なドアの前で止まった。

「リリーがお待ちだぜ」

リリーとは店の名前と一緒なのでたぶん店主のことだろう。
花菜はどうすればいいのかわからなかった。
赤いドアが、自分の前に立ちはだかっているようだった。黒猫はまたニヤニヤして花菜を見ている。
助ける気はなさそうだ。
花菜は静かに深呼吸した。店に入る前はノックをするか迷ったが、今は間違いなくノックをするタイミングだ。「コンコン」二回ノックした。

「面接に来ました。月下花菜つきしたはなです」

「どうぞ」

女性の声がした。
背筋がのびた。
花菜はじっとり汗ばんだ手でドアを引いた。

中はお店にあった棚に置いてあったものよりも、個性的なものであふれ返っていた。
目の前にある棚には、ありとあらゆるものを液体に漬けたのかと思うほど、色々なものが液体の中で、浮いたり、沈んだりしながらそこに置いてあった。
木の実や果物、何かのハーブのようなもの。中には虫や爬虫類がびっしり詰めこまれた瓶。何かの動物の体の一部も液体に漬けられていた。
その逆に水分を抜きとられ、からからに干からびたものたちが、瓶の中で自分の出番を静かに待っていた。
天井は乾燥した草花で覆いつくされている。ここに収まらなかったものを店に干していたのかもしれない。

部屋は不気味なもので満たされているのに、全体的にどこか美しさのようなものを放っていた。
その要因は部屋の真ん中に置かれた机の前に立つ一人の女性だ。

肩で切りそろえられた髪を片方だけ耳にかけている。その耳にはゴールドの輪っかのピアスが付いていた。その女性が動くとピアスは窓から入ってきた西日にあたりキラキラ反射している。
眉と鼻筋がスッとしていてシャープな印象で、目は手元を見ていて伏目になっているが、まつ毛の影が落ち、より本人の色気を倍増させている。
この人の美しさで、部屋にある、すべてのものが本来の姿より美しくあろうと努力しているように見えた。

その女性はちらっと花菜のほうを見た。
花菜は自分の体が緊張したことを感じた。

「アッシュ、最後までちゃんと案内してあげて」

「はい、はい」

黒猫はアッシュと言うらしい。

「おい、こっちだ」

アッシュは女性が立っているところから少し離れた椅子の隣にちょこんと座った。

(そこに座れってことかな?)

花菜は椅子の近くまで行き、

「失礼します」

と、か細い声で言ってから、椅子に腰かけた。

女性は何も言わず作業を続けていた。
何か重さを量っているようだ。スプーンのようなもので瓶に入った粉をすくい、天秤の上にのせている。天秤が水平になったことを確認し、机の上で火にかかっている鍋の中に入れた。
目の錯覚か、花菜には一瞬鍋の中身が光ったように見えた。
女性はガラスの棒で鍋の中身を混ぜ、火の加減を見てから「ふぅ」と息を吐いた。それから、机に置いてあった紙の束を手に取り近くの椅子にドカッと座った。

「あぁ、花菜さんでいい?」

花菜は姿勢を正して

「はい」

と答えた。

「約束の時間までに作業を終わらせるつもりだったんだけど、今、全部ひとりでやってるから思ったより時間がかかってしまって」

「あ、いえ、大丈夫です」

「えーと、それで高校1年生。求人票、仕事内容見た?」

求人票を見たからここ来たのに何を言っているんだろう、と思ったが面接だからちゃんと答えなければと頭を切り替えた。

「はい、魔法薬の調合は未経験なんですがとても興味があり、応募させていただきました」

「じゃあ、採用ね」

「はい!、ん?え?」

(採用?まだ、ほとんど話していないのに採用とはどういうことだろう?それにこちらからも色々質問したいことがあるのにこのまま終わっては困る)

「アッシュ、いいわよね」

「あぁ、いいんじゃね?」

「あ、あの、これで採用って、魔法薬に興味があればいいってことですか」

リリーは口の端を片方上げ「ふっ」と笑った。

「あの求人票はね、魔力が一定以上ある人だけが本当の求人票を見れるよように魔法がかかっているの。魔力が低い人が見たら植物園の求人票」

(あれは魔法だったんだ)

花菜は血が体を一気に駆け巡ったのを感じた。
それに自分には魔力がある。
陽菜ひながすんなり認めたことにも納得がいった。
たぶん、植物園の求人が見えていたのだろう。
父が樹木医だから子も植物に興味を持ったと単純にそう考えたのかもしれない。

「じゃあ、私、魔法が使えるんですか!?」

「それは知らない。バイトしてもらうのに困らない最低ラインの魔力はあるってこと」

リリーは面倒臭そうに答えた。

「え、でも、困らない程度にあるってことですよね?それに、あの、魔法って本当にあるってことですよね?」

花菜はずっと自分の中に抱いていた疑問を口に出した。
リリーは一瞬さみしそうな顔をしたような気がしたが、すぐまた面倒臭そうな表情に戻った。

「そう、かなり廃れてきてるけどね。特に日本じゃ科学が進みすぎてどっちが魔法を使っているのかわからない」

(魔法は本当にあったんだ)

今までの空想の世界が目の前にある。ここにいられるんだったら自分は何でもする。花菜は有頂天になって立ち上がってこういった。

「私、魔法界の成長と発展のため全力を尽くして頑張ります!」

「まぁ、ありがたいんだけどさ、あなた政治家になるんじゃなし、店のためだけでいいから」

「俺、暑苦しいやつは嫌いだ」

リリーの足元で毛づくろいをしていたアッシュは露骨に嫌な顔をしていたが、花菜は気にならなかった。

「それじゃあ」

リリーはいくつか書類を花菜に渡した。ほとんどが雇用に関する書類だった。未成年の花菜は何点か親に書いてもらったり、聞かなくてはいけないところがあったので次来るまでに持ってくるように言われた。

「それから、これはこちらで魔法に携わる仕事に就く人に書いてもらわないといけない契約書」

リリーは筒状に丸められた紙をパリパリ音をたてながら広げた。それはよく見る紙ではなく、少し黄ばんでいて質感も少し違うように感じた。

「ここにこのペンでサインをしてくれる?」

「え、これなんの契約書ですか?」

「これは魔法とお店のことについて秘密を外部に漏らさないことを誓う契約。普通の会社でもあるでしょ?秘密保持何とかってやつ。ただの紙の契約書だと普通にみんな話しちゃうのよ。この契約書を結べば、話したくても話せなくなるから、秘密が外に漏れることはない」

花菜は、サインすることに躊躇した。
これにサインすることによって何か自分に不利益になることはないか、必死考えたがこれと言って見つからない。心のどこかで、「確かに、魔法のこと一般の人にばれたらまずいよね」という気持ちもあった。

「大丈夫、そんな怖いものじゃないから。決まり事で書いてもらうだけ。それに魔法の話なんかしても信じてもらえないでしょ?特にあなたぐらいの年頃だと変な子だって思われちゃう」

確かにそうだ。花菜も学校での自分のイメージを壊したくなかったので、この店のことは話すことはない。もともと自分もそういう気がないのだからサインしても問題ないだろう。

花菜はリリーが用意したペンを持った。
それはペン先がゴールドの万年筆のようになっていって、その先には真っ赤な羽が付いている羽ペンだった。

「インクはこれね」

ゴトっと音を立ててインク瓶が置かれた。四角い形の瓶で、中には真っ黒のインクが入っている。

「すみません、使い方がわからなくて」

「最近の子はこういうの使わないのねぇ」

リリーは花菜の後ろに回り、羽ペンを持っている花菜の手の上から自分の手を重ねた。

「ペン先をインクにつけて、余分なインクはこうやって落とす」

リリーは花菜の手ごと羽ペンを動かし、ペン先にインクをつけた。

「はい、あとはこれで、ここに名前、書いて」

(いい香りがした)

はじめての契約書と羽ペンに緊張しながらも自分が能天気なことを考えていること、それが同級生の男子が自分に対して言った感想だったことを思い出した。

はじめての契約書のサインはなかなかの下手さだったが、花菜は大人になった気分がした。

そのあと、細かい事務的な話と次くる日を決め、

「はい、これでおしまい。今日はもう帰っていいよ」

リリーにそう言われて、花菜は最後になにか言わなくてはいけないような気がした。
「ありがとうございました」?「よろしくお願いします」?
違う。これからこの世界で働くのだ。もっと、自分の熱意を、最後にちゃんと伝えたい。
花菜はまた立ち上がった。

「私、これから魔女の弟子として頑張って働きます!」

そう言ったら、リリーの動きがピタッと止まった。

「弟子?」

「はい!リリーさんは魔法を使うってことは魔女なんですよね?リリーさんの下で働くってことは、私、魔女の弟子になったってことですよね?」

リリーは無表情のまま花菜を見た。

「私、弟子はとらないよ」

「え?」

「あんたはただのバイト。弟子じゃない」

今まで丁寧に話していたリリーに「あんた」と呼ばれて、花菜は少し驚いた。

「でも、」

「私は弟子は取りたくない。そういうこと言うなら来なくていい」

来なくていいと言われ、花菜は焦った。せっかく本当の魔法とつながりを持てたのにここで切られては困る。リリーの態度が急に変わったことにも戸惑った。そんなに弟子が嫌なのか?

「すみません」

「アルバイトとして頑張ってもらえればそれでいいから」

リリーは息を吐き、

「強く言いすぎた、嫌じゃなければよろしくね」

そう言ってリリーは店先まで送ってくれた。
花菜は「ありがとうございます」と言って、駅に向かった。
夕日はもう少しで完全に沈まりそうだった。
子供を連れたお母さんが「早く帰るわよ」と言いながら足早に通り過ぎていく。

(せっかく魔女の弟子になれると思ったのに)

オレンジと紫の混ざった空を見ながら、先ほどの会話を思い出していた。

(いいじゃない。バイトも弟子も、どうせやることは一緒なんじゃないの?)

さっきまではリリーの態度に困惑していた花菜だったが、次第に心は不満でいっぱいだった。
そして、それは静かにメラメラと燃える反抗心になった。

(弟子にしたくないっていうなら、あっちが弟子にしたいって言って頭を下げてくるくらい仕事を完璧にこなしてやる)

花菜はそう心に誓って家に帰っていった。

(つづく)

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