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短編その7【中編】インタビュー


——旅館で置き去りにした彼女ですか?
 ああ。…夜の十時ぐらいのことだったかな。とんとんって、泊まっていた部屋の扉が叩かれたんだよ。そんな遅い時間に客が来るか?観光で来たし、他の誰とも約束なんかねーの。彼女かなとも思ったっけど、あの旅館に置き去りにして、その時間まで帰ってきてないからなあって。
 俺が泊まった宿、部屋の扉に覗き穴があってさ。そろりそろりって、穴を覗いてみたわけ。そうしたら、まさかの彼女だったのよ。
 え、って驚きつつも、俺はすぐに開けずに「A子か?」って尋ねたんだ。馬鹿馬鹿しい質問だって思われっかもしれないけど。そうしたら「そうだよ」って。紛れもなく、彼女の声だった。
 彼女に大丈夫だったのか、聞いてみたのよ。だって、あんなやばいところにそのままにしてきちまったわけで。それに、彼女が怒ってないかどうかも、確かめたかったんだ。俺、一人で逃げ帰っちまったし。
 彼女、「全然大丈夫だったよ、開けて」って言うんだ。その声色からも、あーこいつ怒ってないやってほっとしたよね。そこで「あいつらなんだったの?」って。ああ、あいつらって、エレベーターに乗ってた奴らのこと。やばそうな雰囲気だったじゃんって聞いたらさ、「ただの客だった」って。あれがただの客ってマジかよとは思ったけど、こうして彼女は何事もなく戻ってきてるし。そうだったんだろうなと、その時は納得したわけ。
 安心したからか、少し苛々もしちまって。彼女、今まで何やってたんだろうって思って聞いた。そりゃ聞くよな。俺があの旅館から逃げてきて、数時間経ってんだからさ。何もなかったなら、その時間何やってたんだよって。こちとら心配してたってのに。
 そうしたら彼女、あの旅館で迷ったって言うのよ。笑っちまったよ。確かにあそこ、大きい旅館だったけどさ、迷うかよ。
 アホだなって思いつつ、彼女が「いいから開けてよ」って催促するからさ。はいはいと扉を開けようとした時、反対側の、部屋の窓の外から声がしたんだ。
 俺が泊まった部屋、二階だったんだけど。一階というか、声の方向からしたら下からだったな。しかも、俺の名前を呼んでんの。
 まあ、それだけなら後回しなんだけどさ。なんか…その。その声も、彼女の声に似ていたんだ。
 嫌な予感がして。扉の前に彼女を待たせて、窓に向かった。そんで窓を開けるとこれまたびっくり、外に彼女がいるんだよ。服が所々黒く汚れてて…そう、エレベーターにいた奴らと同じような格好で、俺を見上げてるの。
 「なんで?」って。その時、そう呟いたっけなあ。その彼女が言うには、あの旅館に今の今まで拘束されていたんだと。何故拘束されていたのか、何をされたのか、それは聞けなかった。とにかく彼女が切羽詰まった表情で、ここから入れてくれ、助けてくれって言うんだ。
 でも、すぐに助けようって思えなくて、俺、その時めっちゃ混乱しててさ。だってそうだろ。部屋の扉の向こうにいるのも彼女、外にいるのも彼女。でも、彼女は一人しかいない。当然だよな。どっちかが本物なんだよ。そしてもう一方は偽物。そいつはいったい何者なんだよって。

——それで、あなたはどうされました?
 俺、扉の向こうにいる彼女が本物だって、決めたんだ。

——それはどうして?
 よくよく考えてみるとさあ。もしも窓の外の彼女が本物なら、普通は宿の入り口から入ってくるだろ。外から声をかけてくるのはおかしいじゃん。
 外にいる、彼女を騙る女が何を考えてんのか、また何者なのかはさておいてね。とにかく本物の彼女を部屋に入れないとと思ってさ。窓を閉めて、俺は扉に駆け寄った。
 彼女、扉を叩いて「早く」なんて催促してきて。待ちきれない様子だった。あんな旅館で迷って、怖い思いでもしたんだろうよ。はいはいーなんて言って、そこで覗き穴をもう一度見てみたんだ。趣味わりーかもだけど、焦ってる彼女を見るのもおもしれーかなってさ。
 そうしたら、そこには彼女のほかに、あの四人の姿も見えたんだ。

——四人。まさか、エレベーターで会ったという?
 そうそう、そいつら。叫びそうになったよ。そいつら、それに彼女もそうだったんだけど。エレベーターの時と同じく無表情なんだよ。目を見開いて、全員で覗き穴を見てんの。あっちから見えねえはずなのに、じっとこっちを見つめてんの。なんか気味悪くて、吐きそうだったよ。
 彼女とそいつらがなんで一緒にいるのか、気になりましたけどさ。扉を開けたらどうなるのか、それがやべえことは、馬鹿な俺でも理解できたさ。でも次第に扉を叩く音が大きくなってきて。彼女、しきりに「開けてよ」って。もう振動が伝わるくらいで、とにかく、なんていうか、腰が抜けちまうくらい恐ろしかったよ。あんた、分かるだろ。俺の話を聞いてるだけでもやばいって。

——ええ。でも、どうやってその場を切り抜けたんです?
 …いや、切り抜けた訳じゃないんだけどさ。俺、思わず「失せろ!」って大声で叫んだんだ。自分でも驚くくらいの大声でね。そしたら、扉を叩く音がぱったりと消えて。急に静かになって、逆に緊張しちまったよ。
 恐る恐る覗き穴を見ると、そこ、誰もいなくなっていて。彼女も、エレベーターに乗ってた奴らも。怖いくらい静まり返ってて。さっきまでのことが嘘みたいに思えたくらいでさ。で、ぶっちゃけ怖かったけど、どうしても、今のがなんだったのか気になった。鍵を開けて、そろりと扉を開けてみたんだ。
 やっぱりそこには誰もいなかった。なんだったんだってふと下を見たら、部屋の扉の前あたりに、折り畳まれた紙切れが落ちてたんだ。それ、部屋に来る時には無かったなーって。ということは、彼女とあいつらが落としてったもんじゃないかって。手にとって開いてみたら
 うしろ
 って書いてあったの。ぞわっとしたよ。なんたって、それを見た次の瞬間に、後ろでがらりって音がしたんだから。


——窓ですか?
 そう、窓。振り向いた時にはもう遅くてね。部屋の中に、真っ黒い影が立っていた。

——影?人ではなくて?
 うん。あれは人じゃなかった。なんてーの、やたら体が細くて、頭が大きくてさ。そうそう、目が口元と頭の位置にちぐはぐにあって。ああ、今話してるだけで寒気がする。まあとにかく、全身真っ黒で、影みたいな化け物だったんだよ。そんなのが窓辺に立っていたんだ。
 俺、恐怖で最初動けなくて。だってそうだろ、そんな化け物が前にいるんだぜ。目も離せるわけないじゃん。
 それはそのまま、ぺたりぺたりと近寄ってきたのよ。一メートル先に来たくらいかな、化け物の大きな目ん玉と、俺の目線があったの。そこで体が急に自由になって。大声で叫び声なんかあげて、速攻近くのコンビニに駆け込んだのよね。
 そのまま警察を呼んでもらって、交番でおまわりとずっと一緒にいた。そんで、日が明けた頃には帰ったの。それでおしまい。いやあ、マジであれ怖かった。今でもたまに夢に出てくるから困るよ。

——彼女とは、本当にそれきりだったんですね。
 そうなんだよな。さっきも言ったけど、本当に惜しかったんだ。あんな美人、滅多に出会えねえもん。そんな女と折角付き合えたってのにさ。
 …でも多分、あの子はもう死んでるか、殺されてんじゃねえのかな。俺が出会ったあの、影の化け物にさ。もしくは、彼女が化け物になっていたりして。だってここ半年、大学で一度も姿を見てねえし、ニュースでも話題になってない。連絡も取れないし、こっちから取ろうとも思えなくて。それにあの旅館に行って確かめようって気にもならねえんだよ。またあんな体験する羽目になったら、今度も助かる保証なんて、ねえもんな。

——なるほど。よく分かりました。お話しいただきありがとうございました。
 これでインタビュー、終わり?

——終わりです。
 あっそ。それなら良いんだけど。じゃあ、はい。お礼くれよ。

——ああ、はい。こちらですね。
 え、これだけ?色つけてくれるって言ったじゃん。

——生憎、手持ちがそれしかないもので…
 しょっぺえなあ。こっちはいきなり声かけられて、汚ねえバンの中、来て話してやったんだぜ。それにインタビュアーのあんたはあんたで、カーテンで仕切って姿も見えねえ。こんなやばそうなとこで、数十分も居てやった俺の気持ちにもなってよ。

————申し訳ありません。
 はあ。まあ、いいや。代わりに俺の話、あんたの言う、なんだっけ番組名。

——『実録!本当にあった恐怖体験』ですが。
 そう、それ。それがオンエアする時は、必ず使ってよ。じゃないと、SNSであることないこと吹いちゃうかも。

——分かりました。必ず使わせていただきます。
 絶対だからな。そんじゃ、また。

(後編に続く)

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