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これは今、観るべき作品【#舞台感想】

※タイトルには「今、観るべき」と書いたが、この作品の公演はすでに終了している。
だが、見逃した方に朗報。
WOWOWで、今冬放映されるらしい。


「一度は"NODA・MAP"を観ておいた方がいい」


と人に言われたのは、ずいぶん昔の話である。

NODA・MAP
国内外で精力的に活動を続ける劇作家であり演出家、数々の肩書きを持つ野田秀樹が立ち上げた、演劇カンパニーのことだ。

これまで「一度は観るべき」と、すすめられたものがいくつかあるが「いつか観よう」と思っても団体が解散してしまったり、演者がお亡くなりになってしまったりと実現しないこともある。
自分が思う"いつか"は、絶対じゃないのだ。

演劇鑑賞が好きな私は、大きな舞台も狭い空間のお芝居もいろいろ観てきた。
博多在住の私が東京や大阪に出向くこともある。
だが野田作品には、これまでご縁がなく、今夏、念願の観劇が実現した。

NODA・MAP第26回公演兎、波を走る
である。


観劇が好きと述べたが、ここ数年、演劇鑑賞からは遠ざかっていた。コロナ禍で娯楽が軒並み中止の憂き目にあったからだ。

「体調不良者が出て、公演が中止に」なんて記事を見ると、チケットを取ることすら躊躇してしまう。

もし公演が中止になったら?
もし自分が流行り病にかかって行けなくなってしまったら?
なんて思うと、決して安くはないチケット代を出すのに、恐れてしまう自分がいたのだ。

今回、博多で公演が行われること、出演者が、松たか子、高橋一生、多部未華子などなど、主役級の役者が勢揃いすることから、躊躇いながらも「この舞台、絶対観たい!」という強い思いからチケット取得に至った。

日々、コロナ禍はもうあけたんだなぁと感じることは多い。博多の街は観光客も多く、繁華街も賑わっている。

だが、公演が行われた博多座に足を踏み入れた時「あぁ、みんなこの公演を待っていたんだ」とひしひしと感じた。
マスク着用の方も、そうじゃない方も。
開場前からパンフレットを買い求め、公演記念の品を物色し、浮き足立つその姿は演劇を当たり前に観られるこの空間を待ち焦がれていた。

はじめて観たNODA・MAPの舞台には、終始圧倒されっぱなしだった。
舞台上で走り転げ回る役者陣、繰り広げられる芝居はテンポよく、独特な台詞回しは心地よい。
時折挟まれる言葉遊びに笑いが起こる。

魅力が存分に詰まった舞台だった。

終演後、圧倒的な熱演にスタンディングオベーションが止まず、カーテンコールは何度も繰り返された。
かつて、これほどまで熱狂的に迎えられた舞台があっただろうか。
これまでの観劇で記憶にない。
それほどまで、会場全体が渦に巻き込まれたかのような舞台だった。

8月27日、博多座公演で大千秋楽を迎えた。
2ヶ月に渡る公演を乗り切ったカンパニーの面々には頭が下がる。

観劇して数日、ようやくこのnoteを書いている。何を書こうか、頭の整理が追いつかなかったからだ。
パンフレットを読み込み、ネットで他の方の感想を読み、自分が理解しきれていない部分を補完した。
それでも理解しきれたかというと、自信がない。2度3度と劇場に足を運ぶ方が多かったのも頷ける。

構造が複雑で、会場で販売されていたという戯曲が掲載された雑誌を購入しておけばよかったと、後悔している。

正直、楽しい、面白いというだけの作品ではない。裏には重いテーマが隠されていた。
後になって、じわじわずしりと響いてくる。

チェーホフの『桜の園』を思わせる、潰れかかった遊園地を舞台にした劇中劇。
行方不明になった多部未華子演じるアリスと、彼女を探し続ける松たか子演じるアリスの母の物語。
そこに高橋一生演じる脱兎他、いろんな面々が絡んできて…というお話。
観ている内に、どこからが現実でどこからが虚構か、ふわふわしてくる。

前半はコミカルなやりとりが楽しめるが、後半、アリスの正体がわかった瞬間から、ぐっと胸を締め付けられるものを感じた。

少女はテレビや新聞で、誰もが一度は写真を見たことがあるだろう人物。
不思議の国のアリスは、大冒険の果てに現実世界に戻ってこれたけど、この物語のアリスは、故国に足を踏み入れていないのだ、もう40年以上も。

観劇の感想を読んでいると、中には「出演者の名前だけ見てチケットを買ってしまい、こんな辛い話なら見たくなかった」と書いている方もいた。
もちろん、いろんな感想があっていい。

だけど、ある日突然、何も悪いことをしていないにも関わらず、理不尽にも異国に連れ去られ、親兄弟、友人たちと引き離され、それまで育った環境も文化も言葉も奪われた13歳の少女のことを、その家族を忘れてはいけないと痛感した。

あの少女のことが世間で明らかになった時、世の中は震撼したはずだ。
あってはならないことだと。

でも月日が立つにつれ、他人事となり、いつしか私を含め、大衆は忘れてしまう。
当事者の家族だけが叫び続けているのだ。
娘を早く返して」と。

そういう意味で、実力派の役者が勢揃いして、訴えた舞台に意義があったと感じた。
もう一度観たいと思わせる作品だった。
「一度は観るべき」と言われた意味がわかった気がする。

今冬、WOWOWで放映されるという。

ご興味ある方、見逃された方は、ぜひ観ていただきたい作品である。

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