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ビーグル号とマーベル号

《◀︎「サンタ・クルス島|ガラパゴス旅日記」を読む》

ゴムボートはマーベル号の船尾に突き出したデッキに頭をくっつけると、さっそくデッキ側に待っていたもうひとりの船員がロープを手繰り寄せて、ボートを固定してくれた。彼の太い腕を借りて、マーベル号に乗り込む。

船長以下船員の人たちと、我々、探検隊がそれぞれ自己紹介しあって挨拶した。それが、先に述べたクルーメンバーである。《▶︎「主な登場人物」を読む。》

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船員フリオ(左)、副船長グァーポ(中央)、料理人ジョージ(右)

マーベル号船長ヴィコ、副船長グァーポ、船員フリオ、料理人ジョージ。ボートで迎えにきてくれたのは、グァーポ副船長で、デッキで迎えてくれたのが、船長ヴィコだった。みんなたくましそうな南米の海の男。

さて、それではまず読者のみなさんにマーベル号の船内をご案内しよう。

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マーベル号


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ビーグル号

ビーグル号は全長27・5メートル、排水量242トン、乗員74名。立派な軍艦である。対する我がマーベル号は全長13メートル、排水量40トン、乗員8名。ざっと6分の1の規模でしかない小型船。おそらくドリトル先生のカーリュー号も、マーベル号と同じような規模だっただろう。だから私はかえって嬉しかった。これで私もスタビンズくんになった気分だ。

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私は船尾の4号室を船室に使わせてもらうことにした。2人部屋のシングルユースである。なのでとりあえず個室を使わせてもらえることに安堵した。とはいえ部屋はごくごく狭い、細い二段ベッドと、わずかな空間。下段のベッドにスーツケースを置き、隙間の空間にリュックやら靴やらを置き、シャツやウェアを壁にかけ、上段のベッドに登って、枕元にノートやら資料やらメガネやらを置けばもういっぱいいっぱいである。上段のベッドの上の天井は低くて、背を起こして座ろうとすると頭がつかえる。じっと寝そべるくらいがやっとで、柵も何もないので下手に寝返りを打てば、ベッドから転落してしまいそうである。下段のベッドはもっと狭くて暗い。この部屋を2人で使わなければならなかったとしたら、さぞかし窮屈だったことだろう。2人分の荷物は置けそうもなく、プライバシーのプの字もない。おならのひとつもできそうにない。

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船室の様子を記した、福岡ハカセのGALAPAGOSノート

唯一の救いは、上のベッドに横たわると、その壁に横長で角が丸くなった小さな「舷窓」がついていることだった。これって、ドリトル先生航海記のスタビンズくんと同じだ。この窓からないだ海や、朝のガラパゴスの島影、溶岩台地の岩肌、あるいは静けさに満ちた暗い湾を眺めることになった。

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私たちの船室は船の一番下層に位置している。私の部屋を含めて、左右に4室の客室(それぞれ二段ベッド付き)、2つのトイレ(このトイレのリアルについては別項「ロゴス vs.ピュシス」で明記する)、それからエンジンルームがある。急階段(最初は必ず一度は踏み外したり、頭を打ったりする)を上ると、リビングルームがある。大きなテーブルのまわりにコの字に座れるようになっていて、私たちは毎日、ここに集って食事をした(食卓を囲むひとときが、いかに私たちの過酷な旅の救済となったかも、別項「ジョージのキッチン」で詳述する)。座席の下は物入れになっていて缶詰やジュース類がしまってある。とにかく狭い船の中ではあらゆるスペースが有効活用されているのだ。このテーブルの上では、また地図を広げたり、顕微鏡観察したり、本を読んだりすることもできる。

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ジョージのキッチン(左)と、リビング・ダイニング(右)。
白い座席の中に食料品が保存されている。

このリビングルームの船首側にはキッチンがあり、大きな冷凍冷蔵庫が置かれている。キッチンは料理担当のジョージが陣取り、私たちにすばらしい料理を振る舞ってくれた。この小さなキッチンであらゆる調理をこなし、ケーキまで焼いて、おまけに毎回のあとかたづけまで完璧にやってくれたことは、ただただ感嘆と感謝しかない。

キッチンの奥を一段さがると、ちょうど船首の下にもうひとつ三角形の部屋があり、ここがこの船の一番いい客室となる。左右に二段ベッド、奥に専用のトイレ。ここは今回の旅で一番の大荷物、機材満載のフォトグラファー阿部さんに使ってもらうことにした。でもこの部屋は船の先端にあるので、揺れが激しく、また窓もないので(波をまともに食らってしまう)やや閉塞感もある。阿部さんは閉所が嫌いだといって、この部屋はもっぱら機材置き場となり、自分はリビングルームの座席で横になって夜を過ごしたそうだ。

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ガラパゴスミズナギドリが水面から飛び立つ瞬間

カメラマンは、いつなんどき、撮影のチャンスやシーンが訪れるかわからないので、その習性上、窓のない部屋に籠もって寝くたれているわけにはいかないのだ。おかげで、阿部さんは、ガラパゴスの日の出、日没、星と月、船のそばにやってきたコバネウの見事な狩人ぶり、その他、数々の決定的瞬間をファインダーにとらえてくれた。写真はおいおい紹介することにする。

また最近のカメラとその周辺機材はやたらと電気を食う。おまけに阿部さんはドローンまで持ってきてくれたので、毎日、夜はタコ足配線をしてそれぞれの機器のバッテリーに充電を怠らなかった。また、その日に撮影した映像は、必ずカメラの記憶媒体からPCのハードディスクにバックアップをとることも必須の作業なので、私が疲れ果ててベッドでバテているあいだにも彼は忙しく立ち働いてくれていたに違いない。ちゃんと寝ていたのだろうか(そのかわりと言ってはなんだが、旅のあとは、私の番となり、こうして必死に旅の記録を書き起こしていかなければならないのだが)。

リビングから外に出ると、船べりの通路を通って船首と船尾に出ることができる。船首に出ると水や燃料タンクが並ぶちょっとしたスペースがあり、そこに腰掛けると船の進行方向を見渡しながら、海風に吹かれることができる。とても気持ちがいい。私たちはここで海を眺め、船と並走して泳ぐアシカと遊んだり、マストについて一緒に飛んでくれるグンカンドリに声をかけたり(ガラパゴスの生き物たちはほんとうに人間を恐れず、むしろ人間に興味をもって近づいてきてくれるのだ)、何もない水平線に沈む壮大な夕焼けを見たり、満天の星と天の川を見上げたり、あるいは赤道を通過した瞬間にビールで祝杯を上げたりした。そのときどきの感慨と感激については、この日記でおりおり触れていくつもりである。

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マーベル号につなぎとめられている上陸用のゴムボート

船尾側に出るとこの船の乗り込み口がある。一段さがってデッキがあり、ここから上陸用のゴムボートに乗り移る。ゴムボートは2艘がロープで係留されている。マーベル号が勢いよく進むと、2艘のゴムボートは、忠実な家来のように左右を護衛しながらついてくる。それはなんだかスター・ウォーズの宇宙船みたいでもある。なぜゴムボートが2艘必要なのか、それもおいおいわかることとなる。

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操舵室兼船長室
左右にソファー兼用のベッドがついている。

乗り込み口スペースから船側に階段がついており、リビングルームのちょうど真上に操舵室と船員たちの居室がある。居室といっても、操舵室にソファー兼用のベッド2台、連結した部屋の両側に質素な二段ベッドが設えてあるだけだ。今回の強行スケジュールでは、マーベル号は夜のあいだに島と島のあいだを航行することも多く、舵はヴィコ船長の他、グァーポ副船長、フリオ船員が交代で担当してくれていた。なので彼らはここで寝ていた。料理人のジョージ、通訳のミッチもこの大部屋を使っていた。それに現地ネイチャー・ガイドのチャピ。彼らはみなスペイン語を母語とするアミーゴだ。いつも夜遅くまで船尾のスペースに腰を掛けて楽しそうに会話していた。私たちはその輪に入っていくことはできない。

船の乗組員と私たち客人とのあいだにはわりと厳密な暗黙の線引がなされていた。寝泊まりする場所はこのように船の上と下。食事のときも、テーブルを囲んで着席できるのは、我々客人と船長ヴィコだけ。あとの乗組員はみなキッチンで立ったまま食事をした。

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我々が乗り込むと、マーベル号はすぐさまエンジンを噴かせて出航した。深夜1時過ぎ。暗いアヨラ港をあとに暗闇の海に出た。

どれくらいの速度だろうか。

ベッドの脇の小窓から波の音が聞こえる。私は狭いベッドに身体を横たえて低い天井を眺めた。旅は始まった。夕方少し仮眠しただけだったので、まもなく私はまどろみの中に落ちていった。波を切る音が夢の中に混じり合っていった。

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ガラパゴス諸島を探検したダーウィンの航路を忠実にたどる旅をしたい、という私の生涯の夢がついに実現しました。実際に行ってみると、ガラパゴスは…

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