冷たい雨に佇む女性(短編小説)
今年の梅雨の雨は激しく冷たい。傘に当たる雨の振動で手が痺れてきそうだ。
靴に染みる雨水でトプトプと靴の中が洪水になっている。
そんな雨の街中を一人の少女が佇んでいた。
彼女の前髪からは滝のように雨水が流れ、顎から首筋、そして肌色が透けた白いブラウスへと吸い込まれるように流れ下る。
表情はよく見えないが、喜んでいないことだけは確かな様だ。
すれ違った彼女を無視することも出来た。通り過ぎれば済むことだった。
しかし何故かその日はそのまま通り過ぎる事が出来ず、差している1本切りの傘を黙って彼女に手渡してその場を走り去ることになった。
久しぶりにずぶ濡れになる身体は6月なのに寒く冷たく、走る事で身体の奥からの熱を発生させて寒さをやり過ごし我が家に辿り着いた。
翌日はずぶ濡れからの発熱も無く、会社に向かう。
いつもの当たり前の日常を過ごし、当たり前のことだが家路につく。
当たり前の道、当たり前の景色、しかし家に着いた玄関先はいつもとは違う空間となっていた。
『ん?傘と手紙?』
玄関先には昨日彼女に手渡した自分の傘と、傘に貼り付けられた白い封筒が僕を待ち構えていた。
《昨日は傘を貸して頂き、本当にありがとうございました。このお礼はまた後日、日をあらためて、、よろしくお願いします。》
封筒の中身は昨日のお礼の手紙、感謝の手紙であった。
『そんな気を使わなくてもいいのに、、、』
その日はきちんと乾かされた傘をしまい、少し期待する気持ちから何度も何度も手紙を読み返して眠った。
翌日も当たり前の仕事、当たり前の時間を過ごす。
ただ一つ違うのはポケットに入ったお礼の手紙だけ、、
(トゥルルルルルルル〜トゥルルルルルルル〜)
【知らない番号からの電話】
『ハイ、、、』
『あの〜先日傘をお借りした者です、、』
知らない女性の声、、、
【え?何故、、僕の電話番号をなんで知ってる?そういえば自宅の場所も、、何故知ってた?】
ドキドキする鼓動、、、そうそうに電話を切り、布団に潜り込む。
【何故?何故?何故?何故?】
そんな恐怖の気持ちにもかかわらず、知らぬ間に寝入ってしまい朝方に目を覚ます。
スマホに目をやるとメールが入っている。
【朝食を用意しました。よかったら食べて下さいね。】
テーブルにはハムエッグとサラダ、チンするだけのスープが用意してある。
玄関のドアはカギがかかり、開けた形跡も見当たらない。
部屋の中には自分とは違う人の気配、、
そして突然背中から抱きついてくる冷たい衝撃、、華奢な女性の身体、、、、なのか、、
『先生、、どうなんでしょう?いつ頃意識は戻りそうでしょうか?』
『どこにも酷い外傷は無いんですけどねぇ〜』
『何故道路に倒れていたのか、、』
それから数日して僕は永遠の眠りについた。
そして道路には古い花束と新しい花束が並んで添えられいた。
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