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動いている感─『音楽』


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早速本年ベスト級...

新年一発目の劇場での映画鑑賞で傑作にあたってしまった...
とりあえず勢いで思ったことをつらつらと書いてみる。

大橋裕之の『音楽と漫画』を原作としたアニメーション。その制作年数は7年、そしてすべてがアナログで描かれているという宣伝文句から相当な労力がかけられていることが分かるであろう。

しかし、労力がかけられていると言ったところで、それが傑作に結びつくわけではない。
このアニメーション作品の最大の魅力はさまざまな手法によって表現された「動いている感」なのだ。

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そもそもこの作品ではストーリーには大して目が向かない。なにしろ公式サイトに載ってるあらすじ紹介は

楽器を触ったこともない不良学生たちが、思いつきでバンドを組むことから始まるロック奇譚です。

だけなのだから。


動きをより生々しく─ロトスコープという手法

この作品の特徴としてまず挙げられるのは「ロトスコープ」と呼ばれる手法を採用していることだろう。これは実写をトレースすることでキャラクターの動きをより生々しく表現するものだ。
アニメーションでロトスコープが採用された作品として代表的なのは岩井俊二氏による『花とアリス殺人事件』だろう。『美術手帖2020年2月号』に岩井俊二氏へのインタビューが掲載されているので、少し引いてみよう(同号には本作品の監督・岩井澤健治氏のインタビューも掲載されている)

最初に3DCGで上がってきたものには納得できなかったんですが、ロトスコープで起こしてもらったら圧倒的によかったんですよ。とくに髪の毛の動きや洋服のなびきですね。

このように岩井俊二氏はロトスコープがひとの細やかな動きが「うまく・早く」手に入ることを強みとして挙げている。そして、『音楽』でもそのメリットが活かされている。
特にそれが分かるのは本作品のタイトルでも「音楽」の見せ場、LIVEシーンだろう。ラストの展開ではなにしろ、ロトスコープを用いるために、実際にフェスを開いてしまったほどなのだから。


アニメーションのアニメーションらしさ

たとえば、山田尚子氏の『聲の形』や『リズと青い鳥』などは実写映像のようなピンボケなどさまざまな手法を採用することでキャラクターが「そこに生きている」感を出そうとする。

しかし、この『音楽』では、脱力してしまうようなポンチ絵のようなキャラクター造形とむしろサイケデリックな表現が用いられ、キャラクターが「動いている」感を出そうとしている。それはあくまでアニメがアニメたらしめる極致を目指すかのようだ。

その証拠かのように主人公・研二とその仲間たちは序盤はとにかく歩く、歩いて歩いて歩く。これだけ無言で歩き続けるアニメは今までに自分は見たことがない。
そして、止まる。単純な線で表現されたキャラクターたち、そして主人公・研二は無口でほとんどしゃべらない。そのキャラクターたちが無言でたたずむ。その絶妙な間が何とも言えない。

声優・坂本慎太郎

忘れていけないのは主人公の研二を演じるのが坂本慎太郎だということだ。

元ゆらゆら帝国のあの人、ということだけで多くの人はわかるだろう。無口な研二がたまに喋るかと思えば、あの太い声。耳障りの良い氏のセリフが聞こえてくるのがたまらない。

とにかく作品の全体に漂う何とも言えない間は私たちに謎の感動を与えてくれる。もちろんそれはただ少しあるストーリーとも絡んでくる。なにかはじめての出来事に出会った、あの新鮮な驚きを純粋なアニメーションとして提示するこの作品は本当に素晴らしいと思った。

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