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「自然」とは何か?─『「自然」という幻想:多自然ガーデニングによる新しい自然保護』

自然を「元来の姿」に戻そうとしてきた自然保護活動。
外来種を徹底的に駆除、手つかずの自然から人間を遠ざけ、人工物を撤去……。
しかし、それで本当に、地球の自然が守れるのか?
著者は「手つかずの自然こそ至高、自然を元の姿に戻すべき」というこの価値観が、じつはアメリカでつくり出された「カルト」であり、科学的にも、費用対効果からも、実現不可能な幻想であると、世界各地の実例から示していく。
自然を「かくあるべし」と限定してきた過去の自然保護のあり方を批判し、自然をもっと多面的なものととらえ直して、多様な現実的目標設定の下で自然を創り出す「多自然ガーデニング」を提案する。

***

いま現在、地球という惑星に、手つかずのウィルダネス(=手つかずの野生)は存在しない。


本書はサイエンスライターとして活動する著者による「自然への新しい見方」を提示する本だ.

私たちは日々,「自然が失われた」,「生態系が破壊された」だの,さまざまな視点で自然への悲観を目撃している.確かに,実際に森は住宅地になり,外来種により在来種が淘汰される,そうしたことも起こっているだろう.
しかし著者は本書で,「ふたつの意味」で「自然が失われた」と述べる.
ひとつはまさしくリテラルに「自然が破壊されること」によって.もうひとつは私たち自身が「自然のありかを見失った」ということだ.

私たちは「自然」を夢想する余り,その存在を神格化し,崇拝してしまう.そして,私たちは「自然に対して盲目になっている」

「自然に対して盲目になっている」とはどういうことだろうか.
本書ではいくつかの事実が突きつけられる.

●「基準となる過去の自然[baseline]」は存在するのか?
●ウィルダネス(=手つかずの自然)など存在しない.
●ウィルダネス(=手つかずの自然)はアメリカが生み出した文化的潮流である.
●外来種は在来種より優れている場合がある
...etc


「過去の自然の状態」とは?

生態学や自然保護では,まず再生を目指すために「基準となる過去の自然[baseline]」を設定しようとする.しかし,その設定は非常に困難だ.
本書で挙げられるハワイの例では,まずジェームス・クック船長が上陸した1778年が設定されるかもしれない.だが,1777年以前に仮に戻したとしても,ポリネシア人が1,000年以上住んできた状態に戻すことになる.それはまったくのウィルダネスではなく,人工化された自然なのだ.
ならば,人類が到達すらしなかった数万年前はどうだ?するとそこには新たな問題が発生する.

地質学者や古生物学者の視点からすれば、生態系は不断の舞踏状況にある。構成種は競合し、対抗し、進化し、移動し、新たな生物群集を形成し続ける。地質の変動、進化、気候サイクル、野火、暴風、そして変動する個体群。自然はつねに変化するのだ。

自然は常に移ろっている.自然のこの性質から,特定の時間の自然の状態を極めて難しい.
また,この方法にはもうひとつ矛盾がある.人類が関与すらしていなかった自然へ戻すことは,そもそも難しくなってきているからだ.
なぜならもはや地球にはウィルダネス(=手つかずの自然)など存在しないからだ.


ウィルダネス(=手つかずの自然)など存在しない

ヘンリー・デヴィッド・ソローはウォールデン湖の湖畔に小屋を建て,自給自足的な生活を送った.都会の喧騒から逃れ,自然と人間社会を見つめ直して編まれた彼の文章は,さまざまな自然の愛好家に熱心に読まれ,「ウィルダネスの偉大なる擁護者」として知られる.

「ウィルダネス」とはアメリカ合衆国における,ヨーロッパ人入植以前の「未開」の状態を残す原野や森林を指す(本書では「手つかずの自然」と訳されている).

しかし,ソローは手つかずの自然を賞揚していたわけではない.
ソローは「歩行(ウォーキング)」というエッセイでウィルダネスの特徴について語っている.

ウィルダネスの特徴として,文明化されていないこと,公的に所有されていること,一般的には,コンコードの真西ないしはるか北方に位置すること

著者はこうしたソローの論旨から,彼の好みは野生の中で過ごすことではなく,野生の土地を観察対象として見ることだったのではないか,と述べる.実際,ソローが過ごしたウォールデン湖の湖畔の小屋はマサチューセッツのコンコードの町から2.5kmあまりであり,近くには鉄道も通っていた,ソローの生活は野生そのものではなく,文明と近接していたのだ,
しかしながら,ソローはいつしか「ウィルダネスの偉大なる擁護者」として知られるようになっていった.

話を戻す.本書では「ウィルダネス(=手つかずの自然)など存在しない」とされている.その理由がいくつかか書かれている.

●自然の変化は激しい
「生態系は絶妙な均衡を保って存在する」とは,どこか聞き慣れたような文字列だが,実際には生態系が永遠に自立した安定状態に落ち着くことは稀な偶然である,と本書では述べられる.

私たちの生きる現代は,250万年ほど昔の更新世の初めに突入した氷河時代の只中にある.
氷河時代は,低温で氷床が発達する時期=氷期,温暖な時期=間氷期が交互に訪れ,これまでその変動は50回ほど繰り返されている.そして現在は,間氷期にあたる.
当然のことながら気温の基準が変わると,植物や動物など生物たちは移動をはじめる.そしてその移動の速度はそれぞれに異なるものであり,時には「間違った」方向へ移動することもある.その結果,間氷期は氷期を超えて,同じ生態系に戻るわけではなく,間氷期ごとに生態系のあり方を変えていく.
こうした大きな気候変動の他にも「浸食による堆積物,流れを変える河川,ドングリの豊作やセミの大量発生」のような突発的な事件も生態系に影響を与える.また大気と海洋の変化など,人間が介在しない変動のパラメータは無数に存在する.生態系はこうした要因にさらされながら姿を変えていき,安定することはないのだ.
ある分析によれば「1万2,000年あまりにわたり,まったく変化を被ることなく,生態系が存在し続けている場所は地球上にほぼ皆無である」という.

●人間の手が加わっていない場所などない
ウィルダネスの聖地として知られるポーランドとベラルーシの国境を跨いで広がるビアロウィエージャ原生林.そこは厳格に管理され,人間が入る前のヨーロッパの姿を羨望する人々の巡礼地となっている.しかし,こうした場所でさえ人の手が少しも加えられたこともない未開の森ではないことが本書で明らかにされる.

そもそもこうした人間を除外した自然保護の思想自体がアメリカのイエローストーン公園に端を発する「イエローストーン・モデル」の影響だったことが述べられる.イエローストーンの公園化にあたっては,1880〜1890年代からアメリカで盛り上がった「ウィルダネス崇拝」が関わる.そこでは,

野生とは,「過剰な勤勉さという悪徳や,贅沢から生じた病的無感情」に苛まれる「疲れて,神経が衰えた,過度に洗練された人々」にとって必要なものだと.

などお題目が掲げられている.つまり,ウィルダネス(=手つかずの自然)は真実や科学的と言ったものではなく,それはひとつの思想であり文化的潮流でしかないということだ.

これらの事例が示すことは地球にはもはや「手つかずの自然」など存在せず,そして「手つかずの自然」は夢想であることだ.にも関わらず,世界では自然を「もとの状態に戻す」ために莫大な費用が投下されている.


外来種は在来種より優れている場合がある

自然を元の状態に戻そう!という時に分かりやすく槍玉に上がるのが外来種の駆除だ.テレビ番組「池の水ぜんぶ抜く!」でもよく取り上げられるカミツキガメのような例が分かりやすい.

こうした外来種が爆発的に増殖した結果,固有種を根絶してしまう.
このストーリーは確かに分かりやすい.確かに外来種が固有種を絶滅させてしまう,ということもあるだろう.しかし,本書で提示されるのは外来種がむしろ在来種の役に立つ場合もあるということだ.
たとえば本書で挙げられるロドリゲス島の例では,1950〜60年代にかかる森林伐採により絶滅しかかった3種の生物が成長の早い外来種によって救われている.しかしながら,外来種は悪だという偏見により,こうした事実があるにも関わらず島では在来種を戻そうという活動が続けられている.

外来種は悪であるという根強い偏見のため,世界では本当は役に立っているかもしれない外来種ですら根絶しようとコストが割かれている.


「新しい」自然,「新しい」生態系

このように本書はさまざまな事例を挙げながら,自然保護にまつわる旧来の考え方の一部に待ったをかける.
そして著者は,存在しない「手つかずの自然」ではなく,人間による変化の影響を受けた生態系を称揚する.
それは街中の空き地にあるかもしれないし,放棄された農地にあるかもしれないし,誰かの庭にあるかもしれない.
こうした場所にはもしかしたら思いもよらない多様性があるかもしれない.重要なのは,自然をどこか遠くのものとして見るのではなく,自然は私たちが暮らす場所のあらゆるところにあり,それぞれの場所で豊かな多様性を持っていること,その価値を認める事から始まるのではないかということだ.最後に著者が掲げるこれからの自然保護の目標を紹介する.

目標1─人間以外の生物の権利を守ろう
目標2─カリスマ的な大型生物を守ろう
目標3─絶滅率を下げよう
目標4─遺伝的な多様性を守ろう
目標5─生物多様性を定義し,守ろう
目標6─生態系サービスを最大化しよう
目標7─精神的,審美的な自然体験を守ろう
多様な目標を土地ごとに設定しコストも考慮しよう

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福田晃司.建築専門誌の編集者です.転職活動中.91年生まれ.デジタルデータと建築が融合すると何が起こるのかをウォッチングしたく,Unityなどをいじりつつネットサーフィンする日々.xRと建築のコミュニティ「xRArchi」/VRAA運営/日本バーチャルリアリティ学会認定VR技術者

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