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『伊藤計劃トリビュート』


「公正的戦闘規範」藤井太洋

軍事ロボティクスの未来を描いた作品.
タイトルのダブルミーニングが憎い.ドローン型戦闘兵器の存在の仕方というものについて考えさせられる.ドローンが落ちてニュースになっていたことがあるが,よくよく考えてみればそこに爆弾を搭載してテロを起こすということが容易にできるということだ.
世界はギリギリのラインで成り立っている.


「仮想の在処」伏見完

著者は1992年生まれと何と年下.
もうそんなに年になったかと妙に落ち込む.

「わたしの双子の姉。生まれた時にはもう死んでいて、わたしの考える意味で生きていたことは一度もない人。」

姉は生まれたときからAIである.「人間」とは何か,仮想人格という技術が確立されることで「人間」を「人間」たらしめるものがなんなのか,ということを考えさせられる.著者が言うには百合ものらしいです.百合と言えばこれだ(しつこい).


「南十字星」柴田勝家

著者は今なにかとSF界隈で注目の的である柴田勝家.
座談会やインタビューなどでの一人称「ワシ」のインパクトが印象的ですね.
そんな名前や容貌とは裏腹に,文体は静寂ながらもどこか熱を感じさせる,文化人類学を学んでいる著者による独特な視点が伺える.

可塑神経網によって膨大なパーソナルデータで満たされた集合自我を人々は共有し,人々は共有された自己を保持することで旧来の文化圏を超えた新しい世界を構築しているという「自己相」という設定が興味深い.
そこに多様性はあるのか.他者を受け入れるということの究極系が同一化ということだが,それは結局大半の人間は自分の想像の埒外にあるものを求めてはいないということだろうか.
オールラウンダーに多様性を秘めているリソースがあって,それを希釈したものとしか存在し得ない多様性は多様性と呼べるのか.そもそも「多様であること」自体には価値はない.何となく今は旧来的なカウンターカルチャーとして「多様であること」自体が価値を持っているようにおもわれているが,果たして本当にそうなのだろうか.そこらへんは吟味されなければいけないことだ.こちらは本になっている.


「未明の晩餐」吉上亮

「パンツァークラウンフェイセズ」の「イーへブン」や「拡張現実」といい,世界観の構築とガジェット,キャラの造型が魅力的な吉上亮の短編.

「食」をテーマにした短編で,旧線路網を利用した巨大な網状の廃墟都市<サカイ>が舞台.
神経系と一体化した情報端末により擬似的に食事をする<似食>という技術が出てくる.「食べる」という行為は視覚,触覚,嗅覚,味覚などあらゆる感覚を統合した高度に複雑な体験だから演算量が爆発的に上がるという話もなるほどと思わせられるが,普通に料理の描写がめっちゃ上手くておなか減っちゃいますね.監獄列車という設定も良い.


「にんげんのくに Le Milieu Humain」仁木稔

正直あまり理解できなかったが,人間とは理性を持ちながらも残酷に振る舞うしか無い(あえて振る舞う?)生き物なのか,と考えさせられる.
伊藤計劃の作品で言えば「セカイ,蛮族,ぼく」という短編があってそれとの繋がりを感じさせる.ちなみに「セカイ,蛮族,ぼく」はウェブ上に全部転載されていて読める.マンガ的表現が試みられた奇妙な短編なので一度ご一読あれ.



「ノット・ワンダフル・ワールズ」王城夕紀

情報爆発の結果,人々は圧倒的な情報を前に「選択」するということが行なえなくなる〈選択不能症候群〉という病理が発生した社会.
そのために膨大なビッグデータや様々な技術が人間に道しるべを示す.
この辺りは「パンツァー・クラウン・フェイセズ」を思い出させる.
今の私たちの生活で言えばamazonのオススメ機能などある種のフィルタリング機能の極地だ.
多すぎる情報は過大なストレスになるというのはだれもが感じているいうことだろう.逆に言えば,そういったフィルタリングによって人々を無意識的に操ることも可能ということも言えて「虐殺器官」の虐殺のための文法を思い出させる.永遠に建造されていくレゴ状の建物が林立しているという都市の描写も興味深い.


「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」伴名練

円城塔+伊藤計劃の「屍者の帝国」を思い出させる.
ヴィクター・フランケンシュタインにフローレンス・ナイチンゲール,切り裂きジャック,沖田(新撰組!),エジソンなど歴史上の人物がこれでもかと登場するエンタメユークロニア小説感がすごい.
行き過ぎた科学はオカルトに近づいていくという感じはジェノサイド・エンジンとか恐竜骨格とかのガジェットが出てきて,その匂いを感じさせる.
終末医療に多大なる貢献をしたエリザベス・キューブラー・ロスが「死後の世界」を追い求めたように,「死」や「魂」「意識」は私たちの外部にある概念だからこそ,物語として成立し,その日常との距離の遠さに私たちは救われている.


「怠惰の大罪」長谷敏司

長谷敏司の長編小説の第一章だという.
「あなたのための物語」のように徹底的に人間らしい醜い姿をありありと突き付けてくる小説.舞台はキューバ.AI技術が発達した世界での麻薬王の話.農業技術が発達すれば,麻薬の栽培技術も発達する.技術が発達するということは生活を善な方向に進歩させるかもしれないが,視点を変えればその裏側での進歩もセットだ.全編公開されたら是非読んでみたい.多分読んだら一週間は引きずる.
ちなみにまだ出てない.いや,出てるのか?

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