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図書館員流・トラクター式読書法

私は図書館員として、利用者向けの説明では「効率よく求める情報にたどり着くためのキーワードとデータベースの選び方」などをもっともらしい顔で語っているのですが、じゃあプライベートの読書人生でそんなことをしてきたかと考えると、むしろ逆です。
自分の読書法は「トラクター式」と言っていいかと思います。

トラクター式読書法とは

要するに「トラクターで畑を耕す感覚で、ある範囲の本をよけいなことを考えずに端から端までガーっと全部読む」方法です。
硬くて掘れない(難しくてわからない)ところはとりあえず字面だけ追ってスルーします。
何か素敵なものが埋まっていたら拾ってポケットに入れます(メモするとか)が、付箋やマーカーはなるべく使いません。それで読書の手を止めるのが惜しいからです。
序文や脚注や解説も出てきた順に全部読みます。どこを読むべきか考える必要がないからです。

畑の選び方

「ある範囲」をどう選ぶかですが、ここは権威の力を借りると良いです。

・尊敬する人が推薦する本を全部読む。
・ブックガイド・参考文献リストにある本を全部読む。
・全集、選集、著作集、講座○○、という類の本をシリーズごと全部読む。
・図書館の本をある棚ごと全部読む。

ここで活躍するのが図書館です。自腹で本を買うとなると、どうしても失敗したくない心理が働いて、はずれのなさそうな本ばかり選んでしまいがちですし、全集全巻となれば相当な出費ですが、図書館で借りれば失敗しても金銭的な損害はゼロです。むしろ「読んだけどつまらなかった」「ぜんぜんわからなかった」という経験も貴重です。価値を見る目を養うことにつながるからです。
図書館の棚は内容によって分類されていますので、棚ごと全部読むことであるジャンルの知識をカバーする効果もあります。また、まともな図書館で司書による選書が行われているなら、あらかじめ情報の質やバランスが考慮されていることが期待できます。

1冊の本を「畑」にすることもできます。私は高校時代、部室に落ちていた「今聴くべきロックの名盤ガイド」みたいな分厚い本を拾って隅から隅まで全部読んだのですが、その知識が今でも洋楽ロックの価値判断について自分のベースになっていたりします。

長編小説読破法

たとえば、ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』読破を企てたとしましょう。

この小説はカラマーゾフ家の長男ドミートリイ、次男イワン、三男アリョーシャを中心に物語が展開するのですが、私が思うに最大の挫折ポイントは次男イワンではないでしょうか。

意識高い系のイワンが壮大で抽象的な演説を長々と始めるので、それがわからなくて嫌になってしまうことはありそうです。私はこれを個人的に「イワンの壁」と読んでいます。
攻略法としては「イワンの壁」が出てきたらとりあえず付箋でも貼っておいてかまわず前に進みます。ドストエフスキーファンには怒られるかもしれませんが、正直イワンのパートがわからなくても話の展開上問題はないので、なんなら全部読み終わってから戻って読み返せばいいのです。

読んだことを忘れたあとに

「教養というのは学校で習ったことをすべて忘れたあとに残るもののことだ」という言葉があるそうです。
トラクター式で読んだこともはっきり言ってたいがい忘れていて「この本読んだ覚えはあるけど内容はまったく思い出せないな」ということもよくあるのですが、それでも記憶に残っている部分もあって、思いがけないところで仕事の役に立つことが今でもあります。

効率よく必要な情報だけを手に入れる、という読書ももちろん大切なのですが、効率の良い方法を探しているうちに人生が終わってしまう可能性もあるので「よけいなことを考えるな、とにかく前へ進め!」という一見頭の悪そうな読書法が、長い目で見れば有効なこともあるのです。


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