見出し画像

アメリカで仕事をする、というのが幻想だったという話

シアトルに来てから1年という月日が過ぎた。ふーーー。こういう時は決まって「あっという間だった」というのが決まり文句だと思うのだけど。

うーむ、でもどうだろうか。「ようやくか」という方がなんだかしっくりくる気がする。

ぼくはアメリカで働くというのがずーっと夢だった。それはぼくの心の中で燦然と輝く星のようにキラキラと光っていた。アメリカに行ってしまえば、こっちのもんだと思っていた。これについては最初に書いた記事で「そんなに細かく書かなくてもいいんじゃないか…?」と自分で狼狽えるほど長々しく書いた。裏を返せば、そこまでの強いモチベーションがあったというべきか。

「これが自分の夢です」ということは小っ恥ずかしいことだと思う。だけどぼくにとっては「アメリカの西海岸に飛び込み、テクノロジー企業のど真ん中で働く」ということは「夢」というもの以外のなにものでもなかったように思う。世界の一流の仲間とプロダクトを作ることは、それだけカッコいいことに思えたのだ。


現実の壁

2022年3月にぼくはシアトルの地に降り立った。まあ最初にびっくりしたのは「なんちゅう天気の悪さや」ということだった。

びっくりするくらい寒い。空を埋め尽くすどんよりした雲は、白い絵具に黒をほんの一滴刺したような淡いグレー。しくしく降り続ける雨。どっと雨が降ってくれればいいものの、降ってるんだかどうだか分からない程度の雨が(それはもう限りなく)ほそぼそと降り続く。

もしあなたがカフェで好きな友達と会う約束をしたとしよう。そして会うなりその友人が3時間も沈黙を続けて泣きそうなんだかどうなんだか分からないような顔を覗かせてあなたの話をじっと聞いていたとしよう。流石にあなたも痺れを切らして「いや、いっそのこと泣いてよ!胸の内聞かせてよ!!」って叫ぶんじゃないかと思う。

そんな気分だ (うん、この例えはぜんぜん必要なかったかもしれない)。

ひどく憂鬱な気分にさせたのは雨だけではない。まだまだコロナ中だったということも手伝って街には誰もいない。いるのはホームレスだけ。ボロボロの服を着たホームレスが英語にもなっていないなにかを叫びながらうずくまったままストリートで雨に打たれている。これまたしくしくと。加えてそこらへんで漂ってくるマリファナの煙。街角でなにかのクスリを交換しながらニヤニヤと笑みを向けてくるヒッピーみたいな中年男たち。いったいなにが可笑しいというのだろうか。

ぼくが最初に住むことになったのが、ダウンタウンの近くでありかつコロナ真っ只中だったので、偏った印象であることは間違いない。その後シアトルのいろんな街の顔を見ることでその印象は少しづつ払拭されていくわけど、それがぼくにとってのファーストインパクトになってしまったという事実は動かせない。

追い討ちをかけるようにキツかったのは海外生活の孤独というものだろう。職場のみんなはとても優しくていい人なのだけれど、アメリカ人はとても当たり障りない会話しかしなかったりする。じゃあ会社の外で友達を作ろうと奮い立ってそこそこ頑張ってみるものの、これがまたうまくいかない。

思えば大人になって友達を作ることってなかなか難しかったりする(少なくともぼくにとっては)。日本で作るのさえ難しいのに、心もとない海外でとなるとハードルも一層高く立ちはだかる。それでも素敵な友達はそこから少しづつ増えていったわけだけど、最初はとにかく「どうしよう…」となってしまった。それはもう憂鬱だった。

「思ってたんと違う」

とぼくは思った。シアトルの雨にしくしくと降られたというのであれば、現実の壁というものにはガツンと叩きつけられたというか。

ぼくは随分と精神的に参ってしまうことがあった、ということを正直に告白したい。

こう書き連ねてきたことを自分で読み返してみると「なんて暗いんだろう」と思わずにいられない (笑)。誤解がないように言えば、最高だったことは数え切れないほどある。仕事はとてつもなくエキサイティングで「こんなすごい奴がアメリカにはいるのか!」とビビりながら一緒にモノを作るのは何にも代えがたい経験だ。加えてポートランドやサンフランシスコなど西海岸であればさっと国内旅行ができちゃうところも申し分ない。そして何よりクラフトビールがうますぎる。ビールに関しては圧倒的にアメリカの方が好きだったりする。良かったことを書き連ねればキリがないというものだ。

ただ1年を振り返って蘇ってくる記憶を総括してコメントするならば「いやーーーなかなか大変だったね。よくやったぜ。」ということになるだろう。

トゥルーマン・ショーの話

じゃあアメリカに来たことを後悔しているか?というとまったくそんなことはない。なんなら今まで、そして今後の人生において最も良かった決断の一つと言い切れる。

ほんとうによかったと思えるのは、ぼくは幻想に囚われる人生から脱却したことだ。今ぼくの目の前に広がる人生は、夢を叶えた先の世界だ。その世界がたとえキラキラしたものではなくても。

最近とても久しぶりに『トゥルーマン・ショー』という映画を観た。この話は保険のセールスマンとして働くトゥルーマン・バーバンクが平凡な毎日を送っている…と思いきや、実は彼の人生は24時間すべて隠しカメラで撮られておりテレビ番組「トゥルーマン・ショー」として世界中に放映されていた、というとんでもない設定のもの。家族も友達も街を何気なく歩く人々も全員役者で、テレビ番組という舞台で踊らされているということを知らないのは彼一人。想像しただけでもなんとも怖い話である  (一応コメディ映画ということになっているみたいだけど)。

主人公トゥルーマンは次第に周囲を疑い始め、”自分の生きている世界は偽物である"と確信する。誰も信じられなくなったトゥルーマンは、真実を追い求めて彼が住む世界の端 (「トゥルーマン・ショー」のセットの出口) までたどり着く。"EXIT (出口)"と書かれた壁のドアから外に出ようとすると、番組プロデューサーのクリストフが音声で持って彼に優しく諭す。それはまるで天からの声のような。

"外の世界よりも真実があるのはこのショーの中だ。このショーの世界は美しく完璧で、君は逃げ出すことができない"  (…みたいなことを)。

これを聞いてトゥルーマンは少しばかりの間を置いたが、いつものセリフを残してスタジオをあとにする。彼は嘘偽りにまみれた世界から出ることを決断し、真実の世界へとゆっくりと足を踏み入れていくのだ。

このラストシーンを観て、「まさに今の自分だ」とじんと来てしまった。

夢よりも大事なのは真実

よく「明日死ぬかもしれないから悔いのない人生を生きよう!」と言ったりする。けれども多くの人はぜんぜん明日死なない。もちろんたくさんの例外があることはさしおいても、大半の人にとって明後日も明明後日 (しあさって) もぽっくり逝くこともない。「人生は長く続いていく」ものなんじゃないだろうかと思う。

そしてややもするとだらだらと続く人生において「夢」というものは希望そのものだ。平凡な毎日も、夢というドラマに乗っかることで全てが意味を伴う"過程"と化して肯定的に受け入れられるようになる。黙ってても大変ことばかり起こる人生だから、この意味において夢は大事だ。

ただ人間の可能性というものを「夢」というものにフルで賭けてしまうのは危険なことなんじゃないか。なぜなら夢というものは自分が都合よく作ったストーリだからだ。地球があなたのために回っているわけではない世界で"寸分違わず思い描いた通り"の結果が待っているというケースはほぼないだろう。そして残念なことに夢には終わりがある。夢が叶った先に拠り所をなくしたスポーツ選手や俳優がはかない末路を辿るケースは珍しいことじゃない。

じゃあ夢に代わるものってなんだろうと考えてみる。これはそんな簡単に答えが出せるものでもないけれど、今の答えとしては「真実」というものなんじゃないかと思っている。地球において、世界において、自分において嘘で固められたものではなくリアルなもの。それを絶え間なく追い求めていく態度、とでも言ったらいいだろうか。

「自分にとってなにが本物か?」を探求していくことが人生に意味というものを与える、と思う。

「美しい音楽とはなにか」と追求している音楽家に終わりはないだろう。最近亡くなられた坂本龍一さんもきっとそんな人生を送ったのだろうと推察する (黙祷)。少なくともニューヨークに移住して音楽生活をする、みたいなことではなかったでしょうよ。「もっと笑えることがないか」と探求しているコメディアンも果たしない旅路がありそうで面白そうだ。

夢から醒めた先にほんとうの人生が待っているんじゃないだろうか。なぜなら多くの場合その先も人生はまだまだ続くし、それだけ夢にも見ていなかった可能性が待っているかもしれないから。

トゥルーマンが潜った扉の先には現実の壁というものが待っているだろう。番組スタッフによってすべてが都合よく設計・調整された世界で暮らすことの方がよっぽどラクだっただろう。それでも人間は誠実に生きようとする限り真実を求めるという深い教訓がここにはある。たとえその真実の道がときに辛く険しくても。

最後に天才ジャズピアニストであるビル・エバンスが残した素敵な言葉で締めるとしよう。

"Just go with truth and beauty, and forget the rest (美と真実だけ追求し、あとは忘れろ)"

今日はそんなところかな。シアトル名物 "Spheres"の前でゴロゴロする人たち。

それではどうも。お疲れたまねぎでした!


この記事が参加している募集

#映画感想文

67,587件

サポートとても励みになります!またなにか刺さったらコメントや他メディア(Xなど)で引用いただけると更に喜びます。よろしくお願いします!