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『スヌーピー全集』なぜ待ち望まれた?復刊の理由と人々の記憶

誰もが知るキャラクター、スヌーピーが登場する作品「PEANUTS(ピーナッツ)」。原作のコミックは、チャールズ・M・シュルツ氏が描き、1950年から亡くなる直前まで、約半世紀にわたって新聞に連載されました。

シュルツ氏は連載開始から約半世紀の間、ほとんど休みを取ることなく毎日の連載を描き続けたといいます。PEANUTSの総作品数はなんと、17,897話。その数を見るだけでも、PEANUTSの奥深さを窺い知れますね。

さて、今回取り上げる『スヌーピー全集』(全10巻)は、PEANUTS関連の書籍の中でも比較的早い時期に日本で出版されたものです。

膨大な作品数を誇るPEANUTSですから、関連書籍は多く出版されていますが、『スヌーピー全集』の最大の見どころは、出版当時の日本では唯一、新聞のサンデー版(日曜版)に連載された作品を読めるシリーズだったということです。

4コマが基本のデイリー版(平日版)に対し、サンデー版はコマ数が多く、イラストにカラーがつくのが特徴(『スヌーピー全集』では、作品の一部をカラーで掲載)。ファンの間では、サンデー版ではキャラクターの個性や魅力がより際立っているとも言われています。

そんな同シリーズが、長い絶版期間を経て復刊されたのは2012年。
多くの復刊リクエストが寄せられており、ファン待望の復刊でした。

しかし、他にも数々のPEANUTS関連書籍がある中で、『スヌーピー全集』の復刊が求められたのはなぜでしょうか。

本記事では、『スヌーピー全集』の復刊までの経緯を振り返り、同シリーズが求められた理由と復刊の価値に迫ります。

2012年に復刊された『スヌーピー全集』全10巻と、
「PEANUTS」連載70周年を記念した限定記念BOX

<作品紹介> 
オリジナル版は1981年に角川書店(現KADOKAWA)から出版されました。
1971年〜80年に連載されたサンデー版を全て収録しており、翌1982年に出版された別冊『ピーナッツ ジュビリー』(1952年〜73年までのサンデー版からより抜きで収録、2013年に復刊)と併せて、サンデー版を網羅的に楽しむことができるシリーズです。
 
巻末には、『PEANUTS』の世界をより深く味わえるよう、日本語文化とは異なる、英語ならではの習慣や表現方法についての解説が収録されています。
 
2024年現在は『完全版 ピーナッツ全集』全25巻(河出書房新社)で連載全話を読むことができますが、2012年の復刊当時は、サンデー版をまとめて読めるのは『スヌーピー全集』のみでした。

『スヌーピー全集』復刊の理由

冒頭でも触れた通り、PEANUTSの総作品数は17,897話。それゆえに、ひとつの作品でありながら、人によってPEANUTSとの関わり方はさまざまです。思い入れのあるエピソードも三者三様に異なることでしょう。

『スヌーピー全集』に寄せられた復刊リクエストの多くは「PEANUTSやスヌーピーが好きだから」というものですが、中には「子どもの頃に読んだものを、大人になった今、もう一度読みたい」というものもありました。

『スヌーピー全集』とともに育ったファンにとって、同シリーズの記憶はPEANUTSの記憶そのもの。だからこそ、他の本に収められたPEANUTSのエピソードを読むのでは心の底から満足できず、『スヌーピー全集』の復刊を求めていたのです。

また、各エピソードもさることながら、『スヌーピー全集』には他にも、ファンの印象に残り、大きな特徴となっている部分があります。「日本語ふきだし」と「欄外に英語原文」という体裁です。

現在、多くのPEANUTS関連の本は、基本的に英語のふきだしに日本語訳が添えられる形となっています。これは、レタリングまで含めてシュルツ氏の完成された作品であると考えられるようになったことが理由の一つだといいます。

シュルツ氏は、コミック業界に身を置くことになった駆け出しの頃からレタリングを得意とし、その技術に自信を持っていたそうですから、このスタイルはもっともなものです。

ですが、1981年出版の『スヌーピー全集』に親しんでいた人にとっては、この日本語ふきだしにこそ、ノスタルジーを感じるということもありえます。また、詩人・谷川俊太郎氏による味わいのある訳文がコミックに組み込まれていることで、話の内容がすんなりと入ってくることも、同シリーズならではの魅力と言えるかもしれません。

つまり、『スヌーピー全集』の復刊には、PEANUTSの作品を読めるようにするという、アーカイブ的な意義だけでなく、人々のかつての記憶を甦らせるという、もう一つの大切な側面があったのです。

オリジナル版を再現!復刊作業の裏側

復刊に際しては、当時の内容そのままに制作することが特に意識されました。コンテンツだけでなく、当時の雰囲気まで蘇らせることは、復刊だからこその醍醐味でもあるからです。

復刊版『スヌーピー全集』は、オリジナル版の印刷データが現存しなかったこともあり、復刊ドットコムで入手した原本(底本)をもとに版が起こされています。ですが、ただ単にスキャニングを行うだけで、すぐに復刊本を制作できるわけではありません。

特に色味については、作品の印象に直接つながる部分のため、細かい点に気を配り、よりオリジナルに近い形で再現できるように工夫されているのです。例えば、底本とした本に明らかな欠損があれば、その部分は新たなデータに差し替えるなど、調整が行われました。

この調整は、日本におけるPEANUTSのライセンスエージェントであるソニー・クリエイティブプロダクツ(以下、SCP)の担当者と復刊ドットコムの編集者とのやりとりを通して行われましたが、最終的にはアメリカ本国の権利元やスタジオの承諾が必要でした。

当時、SCPの担当者として復刊に携わっていた担当者は、本国の権利者とのやり取りを次のように振り返ります。

「スタジオの監修ルールは、オリジナル版を編集した当時と微妙に異なりますし、また、スタジオの監修担当メンバーも入れ替わっているので、現在のルールに沿った監修コメントがつくことを想定し、復刊は当時の本の魅力をそのまま残して復刊するという復刊ドットコムさまの御意向を尊重したいことを権利元およびスタジオに説明・調整することが必要でした。」

また、現在では使用が避けられているような文章表現についても、その取り扱いについては慎重な検討が重ねられています。同シリーズでは、訳者の谷川俊太郎氏を交え、訳文をいかに直すか、そのままにするかなど、丁寧なすり合わせが行われました。

復刊版では、オリジナル版を極力活かし、但し書きを入れることでほぼ当時のまま掲載されていますが、各表現に一つ一つ目を通していくことは、復刊を実現する上で絶対に欠かせない作業なのです。

こうして仕上げられた『スヌーピー全集』について、SCPの担当者は次のように語っています。

「『スヌーピー全集』は、80年代のポップな風合いや晩年の静的な作風とことなり、エピソードがコミカルで動的な70年代の作風。長くからのファンの方には、懐かしく、若いファンの方にはきっと新鮮に受け止めていただけると思います。読者を選ばない愛蔵版全集になっていることと確信しております。」

「PEANUTS」の楽しみ方は、人それぞれ

復刊版『スヌーピー全集』が完成し、いよいよ発売という頃。
復刊ドットコムのオフィスには、かぼちゃのカービングをする人の姿がありました。ハロウィーンの時期に予定された同シリーズの復刊記念イベントに向けて、復刊ドットコムスタッフ、そして、SCPの担当者がジャック・オ・ランタンを作っていたのです。

復刊記念イベントが行われたのは、代官山 蔦屋書店。訳者の谷川俊太郎氏をゲストに迎えるトークイベントのほか、子ども向けの塗り絵ワークショップも同時に開催されました。大人から子どもまで、全世代に愛されるPEANUTSならではの、誰もが楽しめる企画です。

代官山 蔦屋書店での復刊記念イベントの装飾の一部

PEANUTSの連載が始まってから70年以上、長年PEANUTS作品を追い続けているファンもいる一方で、新たなファンは今この瞬間も増え続けています。

そして今や、PEANUTSの楽しみ方を一つに絞ることはできません。
ファンの中には、シュルツ氏が初期に描いたPEANUTSが好みの人もいれば、晩年に描いたものが好きな人もいます。原作のコミックよりも先に、スヌーピーというキャラクターを知り、さまざまなグッズを集めて楽しむ人もいるでしょう。

『スヌーピー全集』もまた、PEANUTSの楽しみ方の一つです。

現在では連載全話をまとめて読めるシリーズが存在しますが、それでもなお、同シリーズは2012年の復刊以来、今も増刷を重ねています。

『スヌーピー全集』をどのように楽しむかは、人それぞれ。復刊された同シリーズは、人々の懐かしい記憶を甦らせると同時に、これからも新たなファンに寄り添い続けていくに違いありません。

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■取材・文
Akari Miyama

元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、社会の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/

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