【観劇メモ】『The Fascination!』を観る

2021年11月19日と26日、宝塚大劇場で観劇する。先に『元禄バロックロック』の感想を書いてからずいぶんと時間が経ってしまった。忘れてしまったところも多く、印象に残っている場面を中心にざっくりした感想を書いておこうと思う。

「花組誕生100周年 そして未来へ」とサブタイトルがあるように、2021年は花組と月組が誕生してちょうど100年に当たる記念の年だという。メインタイトルの「fascination」は「魅力」や「魅惑するもの」を意味する英語である。タイトル通り、過去の花組公演へのオマージュが散りばめられた華やかで魅惑的なショーである。

幕が開くと、銀橋に柚香が一人現れる。まだスポットが照らす前、銀橋にスッと立っただけで、そのシルエットに思わず引きつけられる。立ち姿に余裕と品格がある。華奢というわけではないが、思っている以上に細いことに驚く。

プロローグは衣装の色づかいが素晴らしい。柚香と星風のトップ二人は濃厚なピンク色で、それ以外は薄いピンク色である。どちらも光沢感があって照明に映える。パンフレットに衣装の加藤真美が言葉を寄せている。それによるとバラの花弁を意識した素材選びをしているそうだ。(ちなみに今回、衣装の加藤だけでなく、振り付けの御織ゆみ乃、装置の木戸真梨乃もパンフに言葉を寄せている。こうした作り手の話は興味深く、作品を見る上でも役に立つ。ぜひ今後も続けてほしい。)

つづく第2章「酒とバラの日々」はマイティー(水美舞斗)が中心の場面。ソフト帽を深めにかぶりグレーのスーツを着た姿が非常に様になっている。ダンスのキレとダイナミックさはもちろんだが、止まっているときの姿勢も美しい。最後に後ろに向けて投げられるバラの、放物線を描いて飛んでいく軌道さえ計算されているかのよう。

第3章「花の伝説①」では柚香が食虫花に扮し、近づく蝶たちを翻弄する。柚香は長髪にひらひらの衣装を着ており、最初に見たときは何なのかがわからなかった。後でパンフを見てはじめて食虫花を擬人化したものだとわかった。食虫花の役をトップが演じるというアイデアは斬新だと思う。

第5章「The Fascination Flower!」は宝塚を象徴するすみれの花にちなんだ楽曲で構成される。どこかで聞いたことがある曲が多くて楽しめる。

今回のショーでもっとも印象に残ったのが、第6章の「ピアノ・ファンタジー」である。1988年に花組で初演された舞台が再現されている(当時のトップスターは2009年に若くして亡くなった大浦みずきである)。白いスーツを着たピアニスト(聖乃あすか)がピアノを弾きながら歌い踊る。背景にはグランドピアノのあの特徴的な黒い屋根が大きく描かれていている。ダルマを着た生徒たちの足をピアノの鍵盤に見立てたロケットは今見ても新鮮で面白い。

つづいて柚香を中心とした白スーツの男役と、星風を中心とした黒いダルマ姿の娘役らが、ガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》に乗って群舞する。こちらは男役をピアノの白鍵に、娘役を黒鍵に見立てている。フォルテで華やかに奏でられる音楽にあわせてダイナミックに踊る場面と、ピアニッシモで奏でられる音楽にあわせて静かに踊る場面とがある。強と弱、動と静の対比が印象的である。とくに静かな場面では音楽が極端に抑えられ、舞台上で生徒らが踊る際に床が擦れる”キュ”、”キュ”という音が客席まで聞こえてくる。このわずかに聞こえる音によって静寂が強調され、劇場全体が舞台に引き込まれている様子が感じられる。こうした瞬間は宝塚でも稀であると思う。

その後もこれまで花組で上演された様々な曲が再現される。いきなり『Exciter!!』がきたのにはびっくりした。それ以外の楽曲については新参者の私には馴染みがなくわからないものも多かったが、「心の翼」の大人数での合唱シーンは迫力があって感動させられた。

フィナーレでは、柚香と星風によるデュエットダンスが印象に残る。光沢のある薄緑の衣装がこのショーにおいてはちょっと新鮮である。オーソドックスな振りではあるが、二人の相性のよさを感じる。これから共演を重ねる中で、さらに洗練されたデュエットを見せてくれるのではないかと期待が持てる。

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中村一徳のショーは、最近だと星組の『Ray』がそうだったように、スピーディーでスタイリッシュな作風が持ち味だと思っている。一方今回は、過去作品へのオマージュの意味もあると思うが、一転してクラシカルでやわらかい雰囲気の作品になっていた(私としてはこちらの方が好みだ)。ただ、様々な過去作品をつなぎ合わせた後半の展開は、少々詰め込みすぎではないかと感じた(その分、多くの若手に活躍の場が与えられているので、それぞれのファンにはうれしいことだと思う)。

それと、これも最近の中村作品の特徴になっているプロジェクションが、今回のショーでも大々的に使用されている。以前書いたように、私としてはプロジェクションの使用は最小限に絞った方が効果的だと思っている。あくまで私の実感であるが、映し出された映像を見るのと、舞台上での生身のパフォーマンスを見るのとでは、知覚のモードが違っている。そのため、プロジェクションが派手に映し出されると生身のパフォーマンスが見えにくくなり、生身のパフォーマンスに目を向けると、今度は映像の方が見えにくくなってしまう。私としては映像を見にきているわけではないので、今回もプロジェクションはできるだけ無視し、生身のパフォーマンスに集中するようにした(が、どうしても注意力がそがれてしまうのだった)。新しい技術であるし、パフォーマンスや旧来の装置との組み合わせも実験段階にあるのだと思う。よい落とし所を見つけてほしいと思う。それとも、こちらの目が慣れていないだけで、そのうち違和感なく見ることができるようになるのだろうか。

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