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『三度の飯よりご飯が好き』と言っていた友達は今、何しているだろう?(赤松新)

『拝啓 神田匠様』 (東京での事を報告)

保育園からの友達。いつも一緒だった。嬉しいときも悲しいときも、怒られるときだって、いつも隣で笑ってた神田匠。
「俺、三度の飯よりご飯が好きなんだぜ」と得意げに言っていた匠。
そんな友達への感謝と贖罪の手紙を、前回の「吹けよ春風」で寄稿させていただきました。今回はそんな神田匠に会ったら伝えたい、東京でのあんな事、こんな事。話したらきっと喜んでくれるであろう事を手紙にしました。
世界がもっと自由に、なにも気にせずにどこへでも行ける、あの“普通”が戻って来るようにと祈りを込めて。
帰省したら、真っ先に会いに行きたい友人・神田匠へ。

よう匠。どう?元気でやってる?
俺が東京に出てからなかなか会えないし、ゆっくり話す機会もないもんな。
だから今日は、俺が東京でこんな経験したって話でもするよ。
吉本に入ったのは知ってるよね?なんか見てくれたって言ってたし。
今は脚本もやっててさ、そこでも素敵な仲間にも出会えてさ。そんな話もいつかできたらいいな。
今日は俺の東京でのアルバイトと長期入院の話でもするわ。

まずはアルバイト。
東京出てから今年で26年。それはまぁ色々なアルバイトしたんだけどさ、ほら、俺って匠の親からは絶大な支持があったけど、匠といる時は素というか、自堕落な俺だったわけで。
親御さんにはこうやればよく思われるだろうな、という行動してたからボロは出なかったけど、東京での一人暮らしはやっぱりボロが出まくりのボロボロだったのよ。
最初にアルバイトしたのは、新宿は歌舞伎町の奥の方にある「カジノ・バー」。
時給が良さそうっていうのと、なんか東京に来たぞ感があるから、いきなり飛び込みで「アルバイト雇ってますか?」って入って行ったの。
向こうは驚いてたけどね。
あ、そうそう、そこのカジノバー、今で言うと完全にブラックで、裏カジノね。背中一面に色鮮やかな絵がかいてある人がやってるような。すごい高レートでバンバンお金が飛び交ってて、眼光が異様に鋭い人やたまに指が1本無い人がいたり。
そこでバーテンダーをやってたの。まぁカクテルなんて滅多に出ない。ほとんど生ビールかウーロン茶。
バーの方の上司には「もし警察が来たら、何も知りませんでしたって言え」っていう教えがあったかな。
でも案の定というか、そりゃそうだというか、ちょうど俺が休みの時にガサ入れがあって潰れて、そのまま俺もクビ。

その後のバイトは、喫茶店に決まるも、初日に女性の友達と遊んでいてバイトに行くのが面倒になり、その友達にバイト先へ「あ、赤松新の姉ですけど……どうも風邪を引いたらしく今日はいけないみたいで」って電話してもらったら、先方から「じゃあもう来なくて結構です」と言われてクビ。
その友達と「全然、姉に聞こえなかったのが悪い!」とケンカ。

その後はチラシ配りのバイトだけど、チラシを大量に受け取るが、現場に行かずにお茶してたらクビ。

その後はホテルの配膳のバイトだけど、そこにやけに威張っている2~3個上の男が絡んで来るから、「うるさい!中卒!」って言ったら、本当に中卒だったらしく、めちゃくちゃ怒って殴りかかってきたからクビ。

それからはしばらく何もアルバイトをしなかったかな。
それまでアパートに住んでいたけど、知り合いに新潟県人会という所が運営している寮に来たらいいじゃん、という事で入寮。
そこは家賃が2万くらい。当然、風呂もないしトイレは共同。色んな大学に通う新潟県の人が住んでるの。
ありがたい事に仕送りをいただいてたから、バイトせずとも極貧ながらもなんとかやっていけた。ネズミは出るし部屋は4畳半くらいだわ。
台所にネズミ捕りが仕掛けられていて、3日に一回はネズミがかかってて、夜中中ずっと「チュー……チュー……」って鳴くの。なかなかの地獄よ。

だからこのままではいけないと、知り合いに紹介してもらった選挙を手伝うアルバイト。でもそこでも選挙カーの中で居眠りしたり、俺が持ってた候補者の旗が強風に煽られて飛んでって、自転車に突き刺さるという漫画みたいな事が起きてクビ。

次はポスティングのアルバイトだと張り切るけど、すぐに飽きて全く配らなかったら、それがバレてクビ。
何日間かは働いたから、その分の給料をくださいと言ったらぶち切れされたっけ。

あとは某大手電機メーカーの修理受付センターで修理受付のバイト。
テレオペとかメールで来たのをパソコンに入力したりとか。
そこでも持ち前のさぼり根性で、休憩時間でもないのにトイレに行くと言って抜け出してさぼる。近くにブックオフがあったからそこで立ち読み。
酷い時は1時間くらい帰ってこない。それがバレてクビ。

それからしばらく日雇いバイトで食い繋いでいた頃、カラオケ屋のバイトを紹介してもらったのよ。みんな同年代位で居心地はよかったかな。
チェーン店で銀座にあったんだけど、とにかく高い。ウーロン茶が一杯650円。
ただ2ℓのペットボトルから入れるだけのウーロン茶が650円。生ビールは800円。バカみたいな値段。
で、店長も雇われなもんだから、よく横領してたな。
二重帳簿作って、本社に報告する売り上げと、本当の売り上げ。
それで店長はやけに羽振りがよくて、よく叙々苑とかつれてってもらってさ。いいバイトだったの。
そんな感じでワイワイやっていたバイトも、2001年の元旦、21世紀の幕開け。俺が一人でお店を開けたときに事件が起きるんだよ。
まぁ正月がからお客さんなんて来ないし、なんか腹が減ったから何か作ろうと、フライパンに油を入れたの。揚げ物が冷凍庫にあるから、それを食べようと結構多めに油を入れて火にかけて。
温まるのに時間がかかるし、ちょっと「蒼天航路」でも読んで待ってようと。
それが「蒼天航路」、めちゃくちゃ面白いのよ。確か曹操と董卓、呂布が戦ってるあたりかな。もう夢中になっちゃて。で、1冊読み終わって「あ、そう言えば火をかけてた」って思いだして見たら、フライパンから火柱が上がってんの。
まぁビビるよね。
でもああいう時って妙に冷静というか、「火柱ってこういう感じなんだな……」とか思ってたかな。
それで、早く消さなきゃと思って、すぐ隣のシンクに水が溜まってたんだけど、そこに入れようとしたの。でも確か「油に火が引火した時は水をかけてはいけない」っていうのがあったよな~なんてぼんやり思って、近くに鍋蓋があったから、それを火柱の上から被せたのよ。
しばらくして「これ、大丈夫かな……?」って蓋を開けたら黒い煙がモウモウと立ちあがっちゃて。警報機が反応してビービー鳴るわけ。
全然鳴りやまないから、仕方なく消防署に連絡してさ。正月からボヤ騒ぎ。
そしてここの銀座店、上に系列店の喫茶店があって、そこのバイトの人が降りて来て「とりあえずこの警報機を止めよう」って勝手に配線を切っちゃったの。
で、消防車が店の前に3台。なかなか凄かったよ。元旦の静かな銀座の街に、いきなり3台の消防車。なかなか厳つい画だよね。
消防員の人が「なんで警報機が止まってるんですか?」って言うから、「うるさいから配線を切りました」って言ったら、めちゃくちゃ怒られてさ。
「なに考えてるんだ!!」って。
でもああいう時って笑っちゃうしかないっていうか、なんかやけに客観的に見ちゃって笑っちゃうのよ。
それ見て、またぶち切れされて。
そんなこんなで、正月ボヤ騒ぎの責任を取らされて、カラオケ屋もクビ。
21世紀の幕開けがボヤっていうレアな事を経験したよ。
余談だけど、「鬼滅の刃」の「炎柱」って言われると、毎回あのカラオケ屋の火柱を思い浮かべるよ。

とりあえずこんな感じで、色んなアルバイトしてはクビになるのを繰り返してたかな。

あと俺、病気になって長期の入院したのよ。
病名は「潰瘍性大腸炎」っていう安倍前首相と同じやつ。
1ヵ月半の入院生活。これは結構きつかったな。
お金もないから個室じゃなくて大部屋での入院。
二週間以上の絶食生活。ずっと点滴だけとか。とにかくきつかったなぁ。
ずっとゴロゴロしてるから夜なんて全然寝れないし、周りはおっさんだらけで、中には「もう、それは叫び声だよ」っていう位のイビキ。
うるさくて、うるさくて。
あまりにもムカついたから、イビキが始まったら、こっそりベットから降りてそのオッサンが寝てるベットの足を掴んで思いっきり揺らすの。
それを何回も繰り返すのよ。だって寝れないし暇だから。
その何回目かでベットを揺らしたら、オッサンが「か、火事だ!」って起きるの。
いや、「地震だ!」なら分かるけど、なんで火事?そういう夢を見てたの?とかで一人でクスクス笑ってたかな。
あと、看護師さんが粋なのよ。
入院初日、親とか友達とかに連絡したいじゃん。さすがに部屋では携帯はヤバいと思って、廊下の突き当りに公衆電話があったからそこでならいいのかを看護師長に聞いたの。そしたら、
「いいえ。当院では携帯の使用は禁止ですから」
ってきっぱり断られるのよ。
まぁ仕方ないか……って思ってたら、「しかし……」って看護師長は続けて、
「しかし、私は時々目が見えなくなったり、なにも聞こえなくなったりします。その時にあの公衆電話の所で誰が携帯で話してても分かりませんけどね」
って。めちゃくちゃ粋じゃない?なにその言い方!かっこ良すぎるでしょ!
めちゃくちゃ笑いを堪えたのを覚えてるよ。

でも本当に精神的に参っちゃってさ。一日に30回くらいトイレに駆け込まないといけないくらいで。こんなの普通の生活なんて無理じゃん。
「これがずっと続くんですか?」って聞いたら、看護師に「そうですね」なんて言われてさ。
本当はそんな事ないんだよ。寛解期っていって、症状が出なければ全く問題ないから。
看護師、なんでそんな事を言ったんだろう?今思うと、本当に不思議。またいつ症状が出るって事が分からない難病指定の病気って意味で言ったんだろうけど。
でも精神的に参ってる時にそんな事言われて、かなり落ちたよね。
その頃は吉本の舞台でも結構出させてもらっててさ。でもそれも出来なくなる。
これから何するにしてもトイレ中心の生活になるってことで、本当に絶望感しかない状態になっちゃって。
ある日、音楽聞きながら病院の屋上にいたの。
「ああ……俺は一生こんな暮らしなんかな?」って思って、ふっと「よし、死ぬか」なんて考えが頭をよぎるわけ。
そこの病院が5~6階建てかな。下はコンクリートだし、屋上から飛び降りたらいけるかなんて冷静に考えてるのよ。
ちょうど屋上には誰もいないし、「今かな」なんて思って柵に足をかけて向こう側に行こうとしたの。
でもその時、ちょうど流れて来た音楽が「フランツフェルディナンド」なのよ。それがもう本当にカッコよくてさ。何度も聴いてるんだけど、なんか泣いちゃって。今死んだら、フランツフェルディナンドの新作も、これから出て来るであろうカッコいい音楽も聴けないのか……って考えたら、柵から足を下ろしてたわ。
だからフランツフェルディナンドが命の恩人なの。いつか会ったら言いたいけどね。そんな機会あるかなぁ……。
そこからは考え方を変え、「入院日記」を付け始めて、それなりに楽しく暮らしたかな。

あとはそうだなぁ。シャッターの前で酔い潰れたオバハンの介抱した話とか。
うわ言の様に「なんだよ畜生……」っていう当時で60絡みのオバハン。
水でも飲みなって差し出して、肩を貸してオバハンの家まで送っていくの。
「なんでそんなに優しいんだよぉぉぉ~」って喚いていた。
パート先の回転寿司屋の大塚って奴に意地悪されてるみたい。それで酒を煽って酔い潰れてたの。
途中、吐きたいとか言い出しいて公衆便所で吐いてる最中に、「もしかして連続殺人鬼だったらどうしよう?」って思って、オバハンのカバン漁ったりして。
財布の中も見たら「82円」しかないから笑っちゃったけど。
携帯で何とかご主人に連絡取って引き渡したけどね。
あのオバハンは面白かったな。

とにかくもっともっと色々と話したい事がたくさんあるよ。
ここでも書けないような事とかもね。
会ったら、ソーシャルディスタンスなんてどこ吹く風で、あの時みたいに肩組んで語り合おうぜ。

またな。

                            赤松新

P.S
そう言えば、池袋の駅中にあった喫茶店でもバイトしたけど、2週間でクビになってたわ。8回連続で寝坊したらクビになっちゃった。
唇が大きくて、下半分しか口紅を塗らないオバサンのいる喫茶店。
あと、某大手携帯会社のサポートセンター。週に5日出ないといけないのに、頑なに3~4日しか出なかったら3か月でクビ。
三太郎のCM見たら、あの時の事を思い出すよ。


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