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小説・雑記

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創作物のまとめ箱 冒頭小説、掌編、端切れ
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2018年11月の記事一覧

赤ずきんちゃん(1/30)

 レイチェル、私はお前のことをよく知っている。その名前が偽物だということも、その顔に貼り付けた微笑も偽物だということも知っている。私とは長い付き合いだ。レイチェル、お前は十七世紀の生まれだ。しかし私も年齢ではお前に遜色ないのだよ。お前はあどけない生娘のふりをしているが、二百年以上も生き続けてきた。どれだけ森の獣を殺してきたんだ? どれだけ人間の死を看取ってきたんだ? すべてお前自身の歪んだ生のために犠牲になったと言っても良い。なぁ、レイチェル、お前は無理矢理に引き伸ばされた、

かわいそうなボブ(シリウス編1)

 ボブは惑星シリウスβに到着してから、ユニヴァース・ステーションのゴービーショップ、スターバッカーで2時間と23分も翻訳機をいじくり回していた。本日のプレミアムゴービー(炭素型生物分類29用)はすっかり脱水素化してベチャベチャだ。ふにゃふにゃのバランスボールみたいな座席に座りっぱなしであるため、図らずも体幹の筋肉が鍛えられる。ヒト型生物はかなり珍しいのだ。大半の高等宇宙生物はタコやらナメクジやら甲殻類みたいな(注意:ポリティカルインコレクトな表現)身体だ。  そもそも人間の

暴力列島

「コラ!何だその顔は!!」老人は容器ごとおでんをバイトの留学生に投げつけた。「愛想がなってないぞ!!」今度は缶ビールは留学生の頭にぶつかり泡を吹き出した。バックヤードから店長が叫ぶ。「何やってるんだ!」さらに数人の客が集まって同時にバイトを責め立てた。「この人でなし!くたばれ!」次々に商品が飛んだ。  ヒトヘルペスウイルス4型、エプスタイン・バール・ウイルス。その亜種が発見されたのは2021年の冬のことだった。Human herpesvirus 4 –γ、略称HHV4-γで

茶藝館の想い出

 私は紅茶が苦手だった。むしろ珈琲や緑茶を好んだ。大人になっても、紅茶の渋みというものに慣れなかった。一方で、今は台所の棚に様々な紅茶が揃っている。日東紅茶に始まり、PGティップス、トワイニング、アーマッド、マリアージュ・フレール、フォートナム・アンド・メイソン。私の紅茶への認識を変えたものは、長期の台湾旅行だった。  台湾で最も高い阿里山域を訪ねたときのことだった。麓からバスに乗ると、延々と山道が続く。少しずつ標高が上がり、肌寒くなってくると、一面が茶畑になる。霧に覆われ

行列のできる断崖絶壁

 和歌山県白浜町の三段壁はその雄大な風景もさることながら、自殺の名所としても名高い。太平洋に張り出した断崖絶壁に荒波がぶつかる。波の浸食により断崖の内部に洞窟ができるほどだ。飛び降りると死体は二度と浮かび上がってこないと言う。  観光客はまず、JRきのくに線白浜駅に降り立つ。お金や時間に余裕があれば、白浜温泉につかったり、アドベンチャー・ワールドで子パンダを見るのも良い。白浜駅から三段壁行きのバスが出ている。まず迷うことはない。特に月曜日のバスはスーツ姿のサラリーマンで一杯

校舎の絞首箱

 友達がいない孤独な生徒に、一人でも親友ができれば物語になる。それはたぶん、とても胸のすく物語だ。でもずっと一人のままだったら……。それこそが現実だ。現実とは永遠にひとりであることを意味する。  小中高、更には大学、社会人と、学年や肩書は変われど、人の本質は変わり得ない。ある日突然に逆転劇が訪れることはない。明日は今日の延長だ。どんな未来も同じ直線上にある。幾つかの点に名前は付きさえすれど、君が別人に変わることはない。  物語は辛い現実へのアンチテーゼか。現実逃避にはなる。し

かわいそうなボブ

 ボブは惑星シリウスβに到着してから、ユニヴァース・ステーションのゴービースタンドで、2時間と23分も翻訳機をいじくり回していた。本日のプレミアムゴービー(炭素型生物分類29用)はすっかり脱水素化してベチャベチャだ。  人間の技術に対して宇宙基本言語は難解すぎた。それは音波ではなく重力波として伝達される。高等生物の体内や小さな翻訳機、看板――の役割をする任意の空間N――から発せられる指向性重力波を受信し、さらに文法――名詞も動詞も形容詞もない、ある種の主観的イメージの直接伝

水曜日のBランチ

 社員食堂の水曜日Bランチにはいつも唐揚げがつく。ニンニクがきいているので、社食のメニューにふさわしいとは言えないのかもしれないが、一日中モニタの前に座っているような部署には人気がある。何より安くボリュームがある。特大の唐揚げが山盛りだ。しかも水曜日はご飯のおかわりが無料になる。つけだれがよく染みた肉は味が濃くて白米に合う。  ただし肉の種類は予告なしに変わるようだ。ある時は鶏肉、次の週は豚肉、時には鯨肉のような唐揚げ。メニューには「Bランチ:からあげ定食」としか記されてい

グリモワールに潰される

チョークが淡々と記してゆく。 当高等魔術学校必須科目 1年次教養:世界史、地理、医学体基礎、法律概論、魔術概論、哲学、倫理 語学:古代神聖語、神聖文字、儀典修飾文字、線文字α、南方楔文字、竜語 数学:代数、幾何学、確率統計、論理学、暗号学、応用魔法陣幾何学 物理:古典力学、天文学、材料力学、機械工学、人形力学理論 博物:植物学、菌糸類学、陸上生物、水生生物、鉱物学 人文:古文書学、伝承学、図書館学、考古学、大陸民俗学、総合魔術史 魔術:基礎・応用理論、実験法、神秘学AB、神

逆噴射プラクティス私的覚書き②

【自分の投稿作品を確認しよう】 スティーブン・キングは「一度書き上げた原稿は机の引き出しにぶち込んで半年ほど鍵を掛けておけ」(大意)と言う。    執筆中、あるいは執筆して間もないうちは、作者の頭の中に、その物語に関する様々なイメージが渦巻いている。無論、文章には書かれていない情報だ。原稿には「効果的かな?」と思って使ってみた表現や技法もある。そんな時、自作を読み返しても私の眼にはどうしても"作者フィルター"がかかってしまう。  原理的に「作者は純粋な読者として自作を読めな

逆噴射プラクティス私的覚書き①

『パルプ小説の冒頭400文字』を連日投稿する逆噴射プラクティス。 それはニンジャのドージョーを思い起こさせる。 センセイが言う。 「今から一ヶ月間、毎日わしにアンブッシュを仕掛けよ。遠慮はいらぬ」 門下のニンジャはあの手この手で奇襲する。長いカラテ・セッションでもなければ、単調な木人拳トレーニングでもない。死闘の初手を繰り返すプラクティスである。 ①眼高手低カラテ 逆噴射プラクティスは眼高手低の構えを打ち砕く。眼高手低カラテの肝は腰の重さだ。自ら書いた文章への自己評価の