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#1【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】

はじめに

この記事は、こちらのマガジン↓

にて有料連載していた小説「Forget me Blue」の試し読みです。53万文字ある無料連載分を1,500文字〜4,000文字程度に分けてUPして行きます。

【53万文字の試し読み】このマガジンの記事の続きは1記事100円、15,000文字前後の有料記事です。また、有料記事の51本目以降は月額10,000円のメンバーシップ会員限定記事となります。

【あらすじ】【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

〜ここから本文です〜

 人間って、三十超えると新しい音楽、聴かなくなるんだってよ。……話の流れでそう言ったのは、シャッターの目立つ商店街にある古ぼけた玩具おもちゃの三代目の、戸川とがわひかるだった。そういう彼はまだ二十八歳で、その情報を先月三十路みそじを迎えたばかりのイチ——佐藤さとういち、自宅一階の駐車スペースと裏庭を使い、月極と時間貸しの駐車場を経営している——に教えるのだからやや意地が悪い。
「お前って、何の音楽聴くんだ」
「……洋楽だよ」
「ふーん」
 昔、英会話の塾に通っていたことのあるイチはそこそこ英語がわかるが、はっきりとした内容までは聞き取れないのが丁度良く、英語の歌詞の曲を仕事のBGMビージーエムにしていた。ジャンルはオルタナティヴ・ロックがメインだけれど、たまに暗めのEDMイーディーエムも聴く。
 尋ねたくせに、興味がないのが丸わかりの相槌あいづちを打ったヒカルがピンと弾いたおはじきが当たったガラス棚の、一番上に置かれたスピーカーからは、女性ヴォーカルの明るいアニメソングが流れている。この店にふさわしいジャンルだが、彼の選んだベスト盤だとイチは知っている。
「とにかく、グループラ◯ンには入れよ。わざわざスマホ契約したジーサンバーサンもいるんだから」
「はいはーい」
 気のない返事にイチは肩を落としたが、そろそろ戻らなければと店を後にした。

 先ほどヒカルの言ったことが気になっていたイチは、二十七インチのディスプレイの置かれたデスクに向かったものの、スマホを操作して流行の曲を検索した。中でも全く聴いたことのないケーPOPSポップスジャンルを試聴してみたら、意外にキャッチーなサビが流れてきたのでランキング上位のものを二曲ほど購入した。
 ところで今イチが居るのは、自宅一階の駐車スペースの一角にある玄関脇の二畳ほどのスペースで、ほとんどの面積がデスクとデスクチェアで占領されていた。足元には薄型の電気ストーブが置かれている。右の壁面には小窓があって、そこで時間貸しの客の会計をするようになっていた。それからドアに面して幅の狭い階段があり、上ると二階のリビングへ出る。そこは八十六歳の祖父の居室でもあり、この時間になると大抵、点けっぱなしのテレビから再放送のドラマの台詞が聞こえてきた。
 何巡か明るいケーPOPSポップスをリピート再生した後、イチは着けていたヘッドフォンをキーボードのかたわらに投げ出した。元来落ち着いた曲調を好む彼には、やや騒騒そうぞうし過ぎたのだ。悔しいけれど、新ジャンルの音楽を聴くのはなかなかハードルが高そうだ。
 結局、いつものオルタナティヴ・ロックのプレイリストをまた聴き始めたイチは、ふと人の気配がして顔を上げた。
「すみません、三時間くらいお願いしてもよろしいでしょうか」
 丁寧な口調で言ったのはイチより少しだけ年嵩としかさの、仕立ての良いスーツを着た黒髪の男だった。背が高く、小窓を覗き込むために背中を曲げている。
「あ、はい。料金は下にありますんで。先払いでお願いします」
 外側に付いている小さなカウンターの下の壁には、経年劣化でところどころいろせている料金表があり、一歩下がってそれを見た男は革の財布を取り出した。
「あの……この辺りで有名な場所といえば、どこですか」
「え?」
 今日は週の真ん中の水曜日だし、どう見ても観光客には見えない風体ふうていだったのでイチは間抜けな声を出した。
「ああ、それならそこの公園に遊覧船乗り場があります。この辺って、いくつかの島で出来てるんですよ。周りの川をぐるっと一周できて……確か二百円くらい」
「ありがとうございます。行ってみますね」
 静かな声で頷いた男がきびすかえし、ブラックのスプリングコートの裾がひらりとひるがえった。黒黒くろぐろとした髪を綺麗に撫でつけた彼は、整った面立ちだったけれど切れ長の瞳はひどく悲しそうだった……。

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