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#125【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

 今日はとにかく無理をしないと決めていたから、唐揚げを食べた後はまた佐村の部屋に戻った。汗をかいたから、冷房で冷えてしまわないようにTシャツを脱いでいたら、見ていた佐村が寄ってきて上半身裸のまま抱きしめられてしまった。
「ちょ、まだ服着てない……」
「……」
 そう言って腕の中でもがいたら、佐村は何も言わずに首筋にキスしたのでイチは「あ」と声を上げた。それから真っ赤になると「絶対だめだぞ」と釘を刺す。
「分かってるけど、目の前で裸になられたらやっぱり……」
「そ、そんなこと言ったって……や、ああ」
 切なげに眉を寄せて言ったのに応えかけたら、佐村の手がスウェットパンツの中に入ってきたのでイチはあえかな声を漏らした……。

 そうして結局、裸になった二人は互いの体を愛撫あいぶし合った。ようやく満足した佐村が体を離した時にはもう二時過ぎになっていて、イチは思わず「昼間から何やってんだし……」と呟いて自分達に突っ込んだ。
「でも、スッキリした……」
「そりゃ良かった」
 並んであおけになり、天井を見つめていたら佐村がそう言って、イチは苦笑して応えた。もうTマルシェは終わっているが、公園の方から小さな子どものはしゃぎ声が聞こえている。
「この後どうする? ちょっと眠いけど……」
「うん、眠いね……。でも今寝たら、夜寝られなくなっちゃう」
 そんな会話をしていたら、ベッドの下に脱ぎ捨てたスウェットパンツのポケットに入れたままになっているスマホの通知音が鳴ったので、イチは起き上がって確認した。すると未央からのラ◯ンメッセージを受信していて、それには『助けて!』という一言だけが書かれていたから何事かと驚いた。
 未央には『どうした?』とメッセージを返したが返信は無く、心配になったので二人は再び駐車場へ戻った。前の道まで来た時、未央が誰かと言い合っている声が聞こえてきた——相手は若い女性のようで、もしかして、とイチは嫌な予感がした。
「やっぱり、いろはちゃん!」
「あ、兄ちゃん! この人に帰れって説得してよ!」
 予想通り受付の前には多田ただ彩葉いろはが立っていて、中に居る未央の腕を掴んでぐいぐい引っ張っていた。イチに気づいた未央は振り払おうともがきながら叫んで、それに振り返った彩葉もぱっと手を離すと「イチさん、やっと来た!」と叫んだのでびくっとする。
「どうしたの? いろはちゃ……」
「あたし、あの人にまた会いたいんです!」
「あの人?」
「A踊りの時、抱っこして運んでくれたルイさん……」
「ああ、ルイ? なんでまた……」
 必死な顔をしたいろはが言うのに、イチは何も考えずに応えてしまってから「あ、まずい」と思ったがもう遅い。いろははイチに寄ってくるとぎゅっと手を握り、真剣な目をして「ルイさんのラ◯ン、教えてください!」と頼んだので「はぇ!?」と頓狂とんきょうな声を上げた。
「い、いや、悪いけど俺、ルイとはラ◯ン交換してな……」
「そんなあ! じゃあやっぱりミーたん、教えてよ!」
「やだよ!」
 イチの返答にいろはは再び未央を振り返り、受付の中に身を乗り出すようにして頼んでいる。それを呆れながら見ていたら、イチの後ろに立っていた佐村が小さな声で「絶対教えたらやばいよね……」と言ったので、こっくり頷く。
「とにかく、吉田に聞かずに教えることは出来ないから!」
「じゃあ聞いてみてよ! 今すぐ!」
「いや、俺だってあいつとは直接IDアイディー交換してないし! 同じグループラ◯ンには入ってるけど……」
 相変わらず言い合っている二人を見て、イチはため息を吐くとたすぶねを出してやることにした。
「それじゃ未央、グループでルイに今どこに居るか聞いてあげたら? そんでもし教えてくれたら、会いに行って良いかも聞いて……」
「うん、そうして! お願いします!」
 イチの提案に賛成したいろはは、未央に向かってがばっと頭を下げたから彼は慌てた。それから渋面じゅうめんを作ると、「まあ、それだけなら……」と答え、続けて「でも、断られても知んねーぞ」と釘を刺す。
 そうしていろはの願いを聞いた未央がぽちぽちとスマホに琉偉宛てのメッセージを入力したら、一分くらいして返信があった。
「今、イ◯ンに居るって……」
「イ◯ン!? じゃあ今すぐ行かなきゃ……」
「待て待て、まだ会いに行って良いか聞いてない!」
 くるっときびすかえして駅の方へ向かおうとしたいろはを未央が制止して、再びメッセージを送信した。するとOKとの返事があったので、いろははその場でぴょんぴょん跳ねて「やったー」と喜んだ。
「なんか、全部いろはの思い通りでムカつくな……。吉田の奴、断れば良かったのに……」
 喜ぶいろはを眺めながら未央がぼやいたのに、イチが応えようとしたら再びスマホが鳴って、琉偉からのメッセージを受信したようだった。それを確認した未央が「はあ!?」と叫んだので、「どうした?」と尋ねる。
「『いっちゃんさんは来るん?』だって! チクショー、吉田の奴ゥ〜!!」
 チェアに座ったまま地団駄じだんだんで悔しがっている未央に、イチが「いや、元元もともと付き添うつもりだったし」と言うと、未央と同時に佐村まで「え!?」と声を上げたのでびくっとする。
「いや、だっていろはちゃんだけで会う訳にはいかないだろ……未央は仕事あるし」
「そ、そうだけど! イチ、今日はゆっくりするつもりだったのに……」
「そうだよ! 兄ちゃん、休まないといけないんだから、行かなくていいよ!」
 佐村に続いて未央も反対して、イチは困って「ええ……」と言った。すると、いろはが「イチさん、具合悪いの?」と聞いたので「いや、なるべく安静にしてないといけないだけ……」と答える。
「そっかあ……。ルイさん、あたしだけだと会ってくれないのかな……?」
 小さな声でそう言ったいろはの目にみるみる涙が浮かんでくるのを見て慌てていたら、ふうとため息を吐いた佐村が「イ◯ン、冷房効いてて涼しいだろうし、俺の車で行ったらそんなに負担無いと思うから……」と言ったので、イチは眉を寄せて「悪いな……」と謝った。
 そうしてイチと佐村といろはの三人は、黒のミニバンに乗り込むと「イ◯ンモールT」に向かって出発した。言わずと知れたこの全国展開のショッピングモールは、なんと数年前までTには無かったのである——店のある場所はかつて隆盛りゅうせいほこったショッピングモール「ジャ◯コ」跡地で、イチも小さい頃はしょっちゅう買い物に来ていた。けれども小学生の頃に撤退したきり長い間空き地になっていたところへ、ようやく数年前にイ◯ンが新店舗を建設したのである。
 普通こういったショッピングモールは横に長いものだが、イ◯ンモールTは川沿いの狭い土地に建っているので五階建てである。そばには末広すえひろ大橋おおはしという巨大な自動車専用の斜張しゃちょうきょうがあり、この辺りのランドマークになっている——よく晴れた日には青い空に紅白の塔がそびえる様が清清すがすがしい。その下の川岸には「Tみなと公園(※近くにT港がある)」が整備されており、タコやアンコウなどの形の可愛らしい遊具が車道から見える。
「あ、タコの滑り台だ、可愛い。聡一が生まれたら、この公園に連れて来たいね」
 ハンドルを握った佐村が何気なく言ったのに、後部座席のいろはが「そういち?」と言って首を傾げたので、イチと佐村は同時に「あ」と声を上げた。
「そういちさんって、誰?」
「え……あ……」
 完全に忘れていたが、いろはにはイチが妊娠していること以前に性別のことも話していなかった。言葉に詰まりながらどうしよう、と焦っていると、佐村が何でもないような口調で「イチのお腹に居る赤ちゃんだよ」と答えたので、イチは思わず「ちょっ……」と制止しようとした。けれどもすぐに、どうせ腹が大きくなったら分かるのだし、と思い直す。
「えっ……? イチさんって、女の人だったのーーっ!?」
 予想通り大声を上げて驚いたいろはに、冷静に首を横に振ると「違うよ」と答える。それから間髪かんぱつれずに「両性具有なんだ」と教えたら、いろはは数秒間絶句した後、何故か普段通りの口調で「そうだったんだ!」と言ったのでびっくりした。
「割と驚かないんだ……」
「だって、そう言われてみたら男の人には見えないなって思って。びっくりしたけど、なんか納得〜」
「うぇ? あ、そう、そりゃ良かった……」
 いろはの返答にイチは拍子ひょうしけしたけれど、彼女は(はっきり言って)常識が無い分、常識にも囚われないのだな、と思って感心してしまった……。

 イ◯ンモールTのエントランスにはA踊りのがさの形をした屋根があり、郷土色溢れるデザインになっている。他にもTのゆるキャラ「すだちさん」と「たくシィ」がそれぞれA踊りの着流きながしと浴衣ゆかたを着た立像があり、撮影スポットになっている——県外や海外からの観光客を意識しているのが分かる。
「Tのイ◯ン来るの、初めてだなあ」
「はは。蒼士とはYタウンしか行ってないな、そういや」
 店内に入るなり辺りをぐるっと見回した佐村が言ったのに、イチは苦笑して応えた。どこでも休日は大賑おおにぎわいのイ◯ンだが、Tのものはあまり人気がない——テナントの質で完全にYタウンに負けているのだ。閉店した店も多く、空きテナントスペースがちらほらある。土地が狭いお陰で平面駐車場が殆ど無く、縦に長い立体駐車場が大変混雑するのも他に比べて客が少ない理由かもしれない。
「それで、ミーたん何て言ってる? ルイさんとの待ち合わせ場所……」
「ええと、さっき着いたって送ったんだけど……。ああ、フードコートのミ◯ドの近くに居るって……」
 いろはが聞いたのにイチが答えると、彼女は駆け上らんばかりの勢いでエスカレーターに乗ったので、佐村と顔を見合わせて苦笑した。
「あ! ルイ!」
「いっちゃんさん!」
 背の高い琉偉は目立つから、すぐに見つけることが出来てイチは声を掛けた。それに振り返った彼は笑顔で「お久しぶりッス!」と挨拶する。
「悪いな、せっかく買い物してたのに呼び出して……」
「いえいえ、ユ◯クロとか見に来ただけなんで。あ、佐村さんもお久しぶりッス……えっと、何ちゃんだっけ?」
 佐村に向かってぺこっとお辞儀した琉偉は次にいろはを見たが、名前が思い出せないようで少し気まずそうな顔になった。するといろはは真っ赤になって「多田彩葉です……」と名乗ったので、琉偉は「あー!! そうだった、いろはちゃん!」と叫びながらぽんと手を打ち、白い歯を見せて笑うと「久しぶりだね」と言った。
「それで、何か用事あるんだっけ? 沢木に聞いたけど返事なくて……」
 首を傾げた琉偉に早速尋ねられて、いろはは更に赤くなると消え入りそうな声で「ラ◯ン、教えて貰えませんか……?」と頼んだ。それに琉偉は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「良いよ」と答えたのでいろははぱっと目を輝かせた。
 そうして二人がラ◯ンのIDアイディーを交換しているのをイチと佐村が手持ても無沙汰ぶさたに眺めていたら、顔を上げた琉偉が「お二人もラ◯ン教えてくださいよ!」と言ったのでぎょっとした——彼は一応佐村にも声を掛けたけれど、本当はイチの連絡先が知りたいのだとバレバレである。
「もちろん良いですよ。俺、ルイ君と仲良くなりたいと思ってたんで」
「マジっすか!? 奇遇だなあ、俺もなんですよ」
「……」
 目だけ笑っていない笑顔の佐村といつも通りの(ように見える)笑顔の琉偉が白白しらじらしいやりとりをしているのを見て、イチは「こえぇな」と思ったが断るわけにもいかないので、琉偉とラ◯ンのIDアイディーを交換した……。

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