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#126【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

「えっと、それじゃ、これからどうする? ルイはまだ用事あるんだったら……」
「いえ、もう用事ないんで。もし良かったら、少し四人でぶらぶらします?」
 連絡先を交換し終えてすることが無くなったから、イチは内心「もう帰りたいな」と思いながら口を開いた。すると琉偉がそう提案したので「やっぱりな」とがっかりしたが、顔には出さないようにして「じゃあそうすっか」と答える。
「やったー。ルイさんと一緒に遊べるなんて嬉しい」
 さっきまで恥ずかしそうにしていたいろはは、すっかり復活していつも通りの積極的な発言をした。それに琉偉は爽やかな笑顔で「俺もみんなと遊べて嬉しいッス」と応えたので、流石、こういう状況には慣れているな、と感心する。
「せっかくイ◯ン来たんだし、ベビー用品見ようよ。色色いろいろそろってると思うし……」
「え、でもルイといろはちゃんはそんなの見てもつまんないだろ……」
 佐村が言ったのに反対しようとしたら、琉偉が少し大きな声で「全然良いッスよ! 俺も勉強になるし!」と応えたのでぎょっとする。そしていろはは琉偉と一緒に行動出来るならどこでも良いようで、にこにことご機嫌で何も言わないのでイチはため息を吐いた。
「わあ、ベビーカーも抱っこ紐もたくさんあるね。あ、エ◯ゴベビーもちゃんと置いてある」
「エ◯ゴベビー?」
「あれ、イチ知らないの? てっきり調べてると思ってた」
 そうして、子育てとはまだまだ縁遠いいろはと琉偉の二人も連れて、イチと佐村は四階のベビー・子供用品売り場に直行した。するとずらりと並ぶ抱っこ紐を見た佐村がイチの知らないブランドの名前を言って、いつの間に調べていたのだろう、と驚いた。
「抱っこ紐と言えばほぼエ◯ゴ一択らしいよ。それで、普通のモデルは対面でしか抱っこ出来ないけど、最上級モデルは前向き抱っこが出来て……」
「なんか詳しいな!」
 そばにある商品を指しながら説明するのに思わず突っ込んだら、佐村はえへへと笑って「他にもチャイルドシートとかも調べたんだよ」と言ったので感心する。すると、後ろでベビーカーを眺めていた琉偉が振り返って言う。
「佐村さんって、めっちゃ良いパパになりそうッスね! いっちゃんさん、幸せ者……」
「そ、そうだけど……」
 イチが照れていると、いろはが「あたしも将来、赤ちゃん産みたいなあ。でもその前に素敵な旦那さん、捕まえないと……」と言って琉偉に熱い視線を送ったので苦笑した。けれども琉偉は涼しい顔で「ちゃんとメッシュで蒸れ対策してあるんスね」などと言いながら展示品の抱っこ紐を検分している。
 それからフロアを回って肌着やおむつ、お風呂グッズなどもチェックした。そしてベビーベッドを見ていたら、佐村が腕組みして言った。
「俺たちの部屋、ベビーベッド置く場所あんまり無いね。ベッド動かしたら置けないこともないけど……」
「おう、部屋探さないといけないんだよなあ……産む前後は引っ越しどころじゃないし」
 とりあえず引っ越しの件は保留にしていたが、イチの手術が終わってしばらくしたら本格的に検討しなければならないかもしれない。そうして「S公園の横のマンションって、もう入居者募集してるのかな?」と佐村が言ったら、琉偉が「えっ」と声を上げた。
「あそこのマンション狙ってるんスか? 俺、オーナーと知り合いッスよ」
「えっ」
 意外な事実に二人が驚くと、琉偉はにかっと笑って「あそこ競争率高いと思いますけど、親父に頼んだら一言言って貰えるかも……」と言ったので「おお……」と声を上げる。
「でも新築は家賃が……」
「じゃあ家賃のことも聞いときますよ。オーナーと親父、同級生だしよく飲んでるんで」
「マジか……じゃあ、住むかどうかは別にして、聞いて貰っても良いか?」
「オッケーっす」
 こんなことになるとは、と意外だったが、イチは一応頼んでみることにした。琉偉の友達ということで、もしかしたら家賃を負けて貰えるかも知れないという、少少しょうしょうこすっからい考えもある。すると黙っていた佐村が、例によって口を尖らせてイチのTシャツのすそを引っ張ったので苦笑いした……。

 ベビー・子供用品売り場の隣はペットショップで、佐村がタワシちゃんの餌を買いたいと言ったから寄ることにした。
「タワシちゃんの餌って、もしかして……」
「うん。ミルワームだよ」
「やっぱり!」
 嫌な予感がして尋ねたら、佐村は何でもないような顔をしてそう答えたので、イチは顔を顰めながら叫んだ。すると琉偉が「ミルワームって何すか?」と聞いたので、うっと言葉に詰まる。
「ああ、ゴミムシダマシっていう虫の幼虫だよ。今から買うのはそれを乾燥させたやつ……」
「えーっ、虫買うんスか!?」
 佐村の答えに琉偉は頬を手で挟む大袈裟おおげさ仕草しぐさをして叫んだが、聞いていたいろはは平然として「佐村さん、何飼ってるの?」と尋ねたので驚いた。
「ハリネズミだよ」
「そうなんだ。うちの鶏もミルワーム大好き!」
「え、鶏飼ってるんだ?」
 驚いて聞くと、いろはは「うち、養鶏してるの」と答えたのでなるほど、と納得した。彼女は西部の方に住んでいると聞いていたが、農家の娘、というイメージからは程遠いので意外だった。
「えーっと、小動物コーナーは……っと」
 佐村がきょろきょろしている後ろで、琉偉といろはの二人はショーウィンドウの中の子犬を見ながらきゃっきゃと話している。イチも興味があったので近づくと、レッドのトイ・プードルの子犬がころころ転がりながらおもちゃのぬいぐるみで遊んでいた。
「おお、可愛いな……って、四十七まんん!?」
 何気なく値札を見て仰天したら、いろはがうんうん頷いて「高いよねえ」と言った。それから「うちのポチなんて、知り合いから貰ったから〇円だよ、〇円」と言ったのでぷっと噴き出す。すると隣にやって来た佐村がイチの手を握って引っ張ったので、「何だよ?」と聞きながら付いて行く。
「あんまりルイ君と一緒に居ないでよ。嫉妬しちゃう……」
 そうして小動物コーナーに着いた時、ぷうと頬を膨らませた佐村が小声でそう言ったので、イチは「ええ……」と言って呆れた。
「ルイだって本気じゃないだろ。一緒にベビー用品見てたし……」
「そんなの分かんないよ。あの子、案外手強てごわそうだもん」
「そうか……?」
「でもまあ、俺はいろはちゃんの恋を全力で応援することにしたよ。ルイ君を引き取ってくれるなら、万万歳ばんばんざいだ……」
 ククク、とほくそ笑みながらそう言った佐村を見て、イチは「案外あくどいな」と思って感心した……。

 それから三人は一つ下のフロアに下りて、フードコートの近くにある雑貨屋に立ち寄った。大抵のショッピングモールに入居している有名チェーン店で、文房具やインテリア小物に食器、それからカバンや帽子などのアパレル雑貨もそろえている。
「置いてあるものみんな可愛いね。イチがこういう店入るの、初めて見た」
「いや、こういう雑貨屋って、大抵ベビー系の小物も置いてあるだろ……」
 店内を見回した佐村がにこにこして言ったのに、イチはもごもごと口ごもりながら応えた。彼は可愛いものが好きだから、イチが興味を持つと嬉しいのだろう。
「佐村さん、ハリネズミのタオルハンカチ売ってますよ。リス・ラーソン?」
「ああ、リス・ラーソンね。ハリネズミ系のグッズの中では高くて手が出ないんだよね……」
「っていうか、蒼士がこんなハンカチ持ってたら意外過ぎるだろ」
 入ってすぐの場所にある棚にディスプレイされていたタオルハンカチを指しながら琉偉が言ったのに、佐村が苦笑して応えた。ベージュのタオルのふちにハリネズミのキャラクターが刺繍ししゅうされているそれはフェミニン過ぎて、男性が持っているとちょっとびっくりする。
「あ、でもこれ、セールになってるな」
 ハンカチのそばに置いてあった、同じくリス・ラーソンというアーティストのキャラクターであるハリネズミのぬいぐるみキーホルダーには「五十パーセントオフ」の赤い札が付いていて、佐村がぱっと手に取った。イチは同じ商品がもう一つあるのを見つけて、値札を確認する。
「って、半額で千円!? キーホルダーにしたら高過ぎへん!?」
 再び仰天して叫んだら、佐村が平気な顔をして「リス・ラーソンってみんなこんな感じだよ。北欧の高級ブランドなんだ」と言ったので、「お、おう……」と引きながら応える。
「でもでも、すごく可愛いじゃん! 半額だし二つあるし、佐村さんとイチさん、おそろいで買ったら?」
 いきなり身を乗り出したいろはがそう言い出して、イチは内心「余計なことを……」と思いながら首を横に振ろうとしたら、佐村が俄然がぜん乗り気になって「じゃあ買っちゃおうかな! イチには俺がプレゼントするよ」と言ったので、やれやれとため息を吐いて諦めた。

 そうしてハリネズミのぬいぐるみキーホルダーを二つも握った佐村と共に、イチは店の奥にあるベビーグッズコーナーを見に行った。可愛らしいスタイやガラガラ、小さな乳児用ソックスなどが並べられている棚の横に、ベビー用のフォトフレームが置いてあるのに目を止めた。
「こういうの、前は全然興味なかったけど……。聡一の写真、入れて飾りてーな」
「うんうん。フレームがくま耳になっててめっちゃ可愛いよね。職場のデスクの上にも置きたい……」
 佐村がそう応えたのにイチは小さく噴き出すと、「生まれる前から子煩悩こぼんのうやな!」と突っ込んだ。けれどもこんな風に楽しみにしてくれるのは嬉しい。
 すると、少し離れた場所で琉偉と一緒に商品を見ていたいろはがきゃあっと歓声を上げたので、イチたちは何事かと振り返った。そうしたら小走りで駆け寄って来た彼女が「ルイさんが、これ買ってくれるって!」と言って、持っているキーホルダーチェーン付きのコンパクトミラーを見せた。ベビーピンクのそれには濃いピンクのリボンのイラストがプリントされていて、若い女の子が持つのにぴったりのデザインだ。
「わあ、すっごく可愛いね! ルイ君、いろはちゃんに買ってあげるなんて優しいな!」
 その場で小さく飛び跳ねながら喜んでいるいろはに、いつもより二十パーセント増しの笑顔の佐村がそう応えて、イチは思わずぷっと噴き出した……。

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