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【ショートショート】歩道橋

 私たちは歩道橋の上で出会った。
 下を大きなトラックがうなりを上げて通りすぎ、振動で歩道橋がぐらりと揺れた。
 彼女がぶつかってきて、私はわあと叫んでカバンを放り出し、彼女を支えた。
 カバンは大きな円弧を描いて飛んでいき、トラックの荷台に落ちてどこかに運ばれていった。入っていたのは教科書やノートや体操着くらいのものだったので、まあ、なんとでもなる。いや、なんとかなったのであろう。当時の記憶は曖昧だ。
 大事なのは、それ以来、私が彼女と付き合い始めたということで、毎朝、私たちはその歩道橋で待ち合わせた。先についたほうが歩道橋の上でぼーっと車路を見下ろしており、後から来たほうが背中をちょんちょんとつつく。それをまわりの学生たちがみていて、
「またちょんちょんがいるぞ」
「今日は女のほうが遅かったな」
「あのカップル、女のほうはいけてるけど、男はいまいちだな」
「そうだな」
 などと勝手なことを囀っている。ほっておいてくれと思ったが、私たちは別に反論することもなく、学校に向かっていくのだった。
 卒業してからは、自然に離れ離れになってしまった。
 ちょんちょん歩道橋と呼ばれた歩道橋はずっとそのままある。
 あとから判明したところでは、あの激しい振動は、ネジが一本抜けていたせいだったとか。じつは危なかったのだ。
 私は卒業後も地元におり、ときどきちょんちょん歩道橋をわたる。そのたびに彼女のことを思い出し、どこかへ運ばれていったカバンのことを考える。
 歩道橋はもう昔のようには振動しない。
 彼女と再会したのは、三十歳を過ぎた頃だ。それもちょんちょん歩道橋の上だった。彼女が物憂げに佇んでいたのだ。
 はっと息を飲んだ私は彼女をちょんちょんとつつき、彼女もまた目を見開いて私を振り返ったのだ。
 私のプロポーズの言葉は、
「あの歩道橋を渡れなくなるくらいまで仲良く暮らしていきましょう」
 だった。
 歩道橋を登れなくなる日はまだまだ先のことだ。

(了)

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